2016年03月12日

ナース向け心電図テキストの決定版「看護に活かせる心電図ノート」

看護師なら誰もが一度は、勉強しよう! と志して、大抵の場合は挫折で終わる代表格といえば、心電図。

循環器病棟とかICUに配属になったら、否が応でもどうにかしなくちゃいけないんでしょうけど、いつも麻酔科医がいるオペ室や、普通の病棟勤務だったら、なんとなく、、、で、どうにかなってしまうのも事実。

心電図は苦手! という意識の看護職が多いのが現実ではないでしょうか?


心電図の勉強法については、過去にも何度か書いたことがありましたが、私が勧めていたのは、ACLSを通して心電図を勉強しろ! というものでした。

いわゆる心電図の本を買って勉強しようとすると、いつの間にか、心電図を学ぶことが目的になってしまいがちという落とし穴に気づいたからです。

看護師がなぜ心電図を勉強する必要があるのか? 

患者を死なせないため、ですよね。

心電図で波形当てクイズをしたいためではなく、致死性不整脈を判別して、しかるべき行動を取るため。

つまり、心電図を知ることは、急変対応の一部分であるはずなんです。

であれば、急変対応(ここではACLS)を学ぶ中で、必然として心電図を身につけるというのが、順当な学び方ではないでしょうか?

ACLSから、心電図の勉強を始めれば、優先度が高いのは心停止の4つの波形ですし、さらには心停止につながりかねない危険な不整脈がその次。という順番も自然と見えてきます。

心電図が読める、というよりは、その波形をみたら、何を考えてどう行動するか、ということの方がはるかに大事、という原点に立ち返ってみることが大切かなと思っています。


日頃、そんなことを考えていたのですが、最近出版された「看護に活かせる心電図ノート」という本を見たら、私が考えていたのと同じことが書かれていて、びっくり。

しかも著者はナースでした。

ナースが書いた「看護に活かせる心電図ノート」鈴木まどか


巷に出ている心電図解説本の著者の多くは、医師です。看護師が心電図の解説をするというのは極めて珍しいと思います。また共著ではなく、単著であるという点も。

この本の中で、看護師が心電図を学ぶ上での問題点として指摘されているのは、

1.基礎医学(特に解剖学、生理学)の学習が足りない
2.教本に臨床活用、特に看護の視点が足りない

ということでした。

まったくもって同感。

最近、看護学生相手に心電図を教える機会がよくあります。彼女たちは1-2年生のうちに解剖生理学を学び、心電図についてもカリキュラム的には既習ということになっています。しかし、私が関わる3-4年生の時点では、バラバラの知識のままで、つながりがないケースが目立ちます。

刺激伝導系とか洞房結節とか、そういう言葉は知っていても、心電図の波形と心臓の動きについてのイメージはつながっておらず、「しんしつさいどう」「しんぼうさいどう」という言葉は知っていても、その漢字の意味と実際の心臓の動きについては、考えたことすらないという印象。

国家試験の勉強でも、丸暗記で対応しようとする傾向が強く、理解したら覚えなくていいから楽なのに…と思うことがしばしばです。

そう考えた時に、「看護に活かせる心電図ノート」でいうように、私たちは、解剖生理学と心電図と臨床行動をバラバラに教わって、そのまま臨床に出て行くんだなということを強く感じます。

そんな基本理解のあたりが、丁寧に書かれているのがこの本の特徴。



あとは、やっぱり、「なんのために」というところですね。

この波形を見たら、ナースとして、何を観察して、どう行動し、何を報告するか?

そうした対応ありきの心電図解説本って、あるようで、なかったと思います。


正確に教えようと思うと、難しくなる。でもざっくりとした理解をまず得ること。そこから興味と学習がスタートするものだと思います。そういった意味で、心電図嫌いをなくすための、ナースによるナースの心電図と循環器理解の本。

おすすめです。




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2016年02月19日

アーティスト/ナースとしての生き方

看護師の多様性ということで、今日はアーティストとして生きる看護師さんの話を書きたいと思います。

この老人のイラスト、saori obataさんの作品です。

(saori obataさんの作品といえば、「成人看護学」「基礎看護学」「老年看護学」といったLineスタンプ・シリーズで知っている方が多いかもしれません。)

現世 by 小幡早織(saori obata アーティスト/看護師)



タイトルは「現世」。

これを見てどんな印象・感想を持たれるでしょうか?



胃瘻、経管栄養。



看護師であれば、そんな単語が飛び出てくると思います。



そしてこの座禅を組む老人はなんなのか?



即身仏、そして、「現世」というタイトル。




命の尊厳とQOL、延命。そんな陳腐かもしれない言葉で語られがちな、現代日本の生き様を、ひとつの抽象的な絵が訴えかけています。



人によっては、この絵を快く感じない方もいるでしょう。

不快に思うとしたら、その感情が湧き上がるのは、なぜなのか? この一枚の絵から、私たちの心のなかにある何と何が想起されて、繋がり合ってひとつの感情になっていくのか?

それが作者の意図するものと一致することは、きっと作者も望んでいないでしょう。


感情を揺さぶるひとつのきっかけ、起爆剤。


無の中に投げ込まれる一つの小さな、さざ波といったらいいでしょうか。


そんなものをこのイラストの中に感じました。そして、その発信者が自分と同じ文化を共有する看護師であるということが、これを他人事ではなくさせています。


かつてナイチンゲールは、看護はアートだと言いました。

この文脈の中でのArtは「技巧」という根源的な意味合い以上のものはないかなと思っていますが、拡大解釈するなら、人の生死に多く立ち会う医療者が、自分の思いや考えを込めるのは、看護実践の場だけとは限らないということです。

現にナイチンゲールも、看護をメディアにして表現を行っていた思想家ですが、その思想の多くは、看護実践の場でパフォーマンスとして体現しただけでなく、著作という形で世に残しています。



とりとめのない抽象的な話になってしまいましたが、看護師であり、アーティストであるという存在を皆さんに知っていただきたく、書いてみました。

現代医療のまっただ中にいる私たちは、深く「人間」というものを考える存在の一つだと思っています。

訴えかけたい何かがあった場合、それをどう表現するか?



最後に、この絵をみたとき、医療者と一般の方とでは受ける印象、考えることがまったく違うかもしれませんね。そこも含めて、アートなんだと思います。



「現世」Tシャツby 小幡早織(アーティスト/ナース)
↑「現世」はTシャツとして入手可能です。





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2016年01月22日

「看護師・准看護師は気管挿管を行うことができる」って知ってました?【厚生労働省通達】

去年、2015年10月に、看護師・准看護師は、気管挿管をできる、と厚生労働省がお墨付きを出したのをご存知でしたか?


「経口用気管チューブ又は経鼻用気管チューブの挿管」、「経口用気管チューブ又は経鼻用気管チューブの抜管」、(中略)については、従前どおり、看護師および准看護師(以下「看護師等」という。)は、診療の補助行為として、医師又は歯科医師の指示の下行うことができるものであること。
 ただし、医行為の実施に当たり、看護師等に診療の補助を行わせるかの判断は、患者の病状や看護師等の能力を勘案し、医師又は歯科医師が行うものであること。




2015年10月1日付で、厚生労働省医政曲看護課長が各都道府県衛生主管部(局)長宛に通知した「看護師等が行う診療の補助行為及びその研修の推進について」(医政看発1001第1号:平成27年10月1日)という文書の中の一文です。

看護師等が行う診療の補助行為及びその研修の推進について


看護師等が行う診療の補助行為及びその研修の推進について


これを見ると、気管挿管は、ただの「診療の補助」であり、医師にしか行えない絶対的医行為ではないし、特定行為研修が求められる看護師の特定行為でもないということがわかります。

しかも、「従前どおり」とありますから、昔からそうだったよ、ということを、シレッっと言ってるわけです。


これ、びっくりする人が多いんじゃないでしょうか?

確かに、2004年に救急救命士に気管挿管が認められました。救急救命士免許は「看護師の業務独占の一部」が行える資格ですから、救命士ができる以上、看護師がダメといわれる法的根拠はなかったといえば、そのとおりなのですが、看護や医療業界の通念としてはダメという理解が大勢だったように思います。

この平成27年10月1日という日付は、法改正による看護師の特定行為研修に関する規程が運用開始されたのと同じ日です。

ナースの特定行為をめぐる攻防戦の中では、医師会や麻酔科学会が反対して、気管挿管は特定行為に含まれないことになったのですが、まさか特定行為とは別枠で、特定行為発効の日に気管挿管もOK通達が出るとは想像だにしませんでした。

喧々諤々の審議の上で、気管挿管は特定行為に含めない、と決まったのであれば、普通は、挿管は絶対的医行為でナースはダメなのね、と思うじゃないですか?

それがまさかの「診療の補助」扱いだから、特定行為ではないという解釈だったとはビックリです。

この通達文書を読んでもらうとわかりますが、気管挿管は特定行為じゃないから、研修義務のようなものは課されていません。また特定行為を行うためには必須となる法定書類でもある「手順書」も不要。

病院施設ごとに独自に取り組みをつくってやっていってね、ということで、基本的には放任。

これっていうのは、きっと、今後新たに挿管訓練を行えということではなく、いままでもナースに気管挿管させていた病院施設に正当性を持たせるための確認通達ってことなんじゃないかと思います。

2015年10月1日から看護師の特定行為の法改正が施行して、そこで規定された特定行為に気管挿管が盛り込まれなかった以上、ナースが気管挿管はしちゃいけないという不文律が生まれてしまう。

そうなると、これまでナースに挿管をさせていた医師や施設が困ってしまうから、特定行為発効と同じ日に、これまであえて触れてこなかったナースの挿管について、通達文書を出してお墨付きを与えた、という感じなのかなと勝手ながら思っています。


もしかしたら、これまで小規模施設などで野放図にナースによる挿管が行われている現状があったとしたら、これまでグレーだったから、ひっそりこっそりだったかもしないけど、これを機に、ダメとは言わないから、せめてきちんとトレーニングをして責任持ってやってよね、という意図なんでしょうかね?


ちなみに2004年以前の既存の救急救命士は、新たに講習を受けて認定を取らないかぎり気管挿管は行えないことになっていますが、気管挿管認定を取るために必要な研修は、62時限(1時限は50分)以上の講習と気管挿管成功症例30例以上(厚生労働省医政局指導課長通達)とされています。

対して、看護師は、施設と医師任せで、特に要件指定なし。


救命士に挿管を認めるまでには、あんなに大騒ぎしていて、しぶしぶでもったいぶった感じだったのに、この違いはなんなんでしょうね。

裏でどういう力が働いているのかはわかりませんが、まつりごとっていうのは、世相にあわせて不思議な動きをするもんだなと思いました。


ここでは、看護師が挿管すべきとか、それは良くないとか、そういう議論はしません。

実務で考えたら、気管挿管の訓練なんかより、まず気道確保とバッグマスク換気でしょ。

つまり、医療者レベルでのBLSです。

そこすらろくすっぽ出来てない業界なのに、挿管だなんてちゃんちゃらおかしいぜ、というのはごもっとも。


でも、現実、厚生労働省がこういうことを言ってきちゃってるわけですから、看護師の特定行為のことも含めて、看護師のあり方とか、医療界での看護師の立ち位置、今後について、政治的な視点も含めて考えていきたいですね。



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2016年01月17日

自分らしく生きるコツ

私、一般社会人としては、比較的、自由に生きている方だと思います。

病院というブラックなムラ社会の中で、声を上げて行動して、ボトムアップでいろいろと改善をしてきた自負があります。(カテゴリ「看護師の労働条件」あたりの過去記事をご覧ください)

特に日和見主義な看護婦(あえて「婦」と書きます)の世界で、声を上げることは一般には勇気がいることですが、私はあまりその辺りは気にせず、自分の信じたとおりの言動を貫いてきました。

私がそのように自由に生きてこれたのには、それなりの作戦がありました。若いころからの自由を求めて手を打ってきたからに他なりません。そのことについて、メモしておきたいと思います。

1.クビになるのは怖くない。看護師免許があれば…
2.病院勤務以外の収入源を確保する
3.仕事に繋がる特技を持つ

究極的に、社会人が恐れるのは「食っていけない」という状況に陥ることです。

つまり、収入が立たれると生きていけない、だから嫌なことでも我慢せざるを得ないというのが、根本的な不自由さの原因ではないかと思います。

目立つことをして、職場の中で居心地が悪くなったらどうしよう? ということの先には収入源がなくなるという不安が見え隠れしています。

でも、考えてみれば、看護師の仕事は資格職で社会的需要も大きいわけですから、別にいまの職場にいられなくなっても大きな心配はありません。このあたりは普通のOLやサラリーマンと違うところです。

そこに気づいたナースは、職場にこだわらず点々と職場を移る人も珍しくはありませんし、単発や短期のアルバイトで生計を立てる人も少なくありません。(いやいやながら、我慢して精神を病みつつも働いている看護師は、卒後最初に就職した病院のナースが多いんじゃないかという気がします。)

しかし、なんだかんだ転職するというのは、時間的にも精神的にも負担が大きいのは事実。

そこで、普段から本業以外の副収入を得る道を作っておけば、いざとなったら辞めてやる! という覚悟へのハードルが下がります。

看護師の場合は、いわゆる派遣の仕事の経験があると、その辺はすごくハードルが低くなるんじゃないかと思います。

私の場合は、学生時代からしていたライターとしての仕事や、大学非常勤講師、セミナー講師など、本業の傍らで続けていた兼業の存在が、心のゆとりとなっていました。その他、学生時代にしていた単発での需要の多い葬儀屋や、資格を活かした通信関係のバイトなどでもやっていける確証は持っていました。

そんな風に、自分の生きる場所がいまの職場だけではない、というバックアップを作っておくことが、精神的な自由にも繋がると思うのです。

嫌ならやめればいい。で、やめて何をするの?

というところを具体的にイメージしていて、いつでも移れる体制を保持しておくこと。

それが、私の自由な行動の背後にありました。


これはたまたまそうだったというのではなく、私は意図的に構築してきました。

きっと不安症だったんでしょうね。高校生の頃から、手に職を! と思って行動してきたのは事実です。高校時代は資格マニアでした。国家資格だけで20近く取った気がします。そして、その資格を活かしたバイトを行っていたこと。これは収入源という以上に、実務経験を持つことで、本業にもし得るということは常に意識していました。

また、自分の取った資格、してきた経験を単発で終わらせるのではなく、お互いを関連付けて新しい価値観を作るということも意識していました。

例えば、看護師としての経験と、趣味だったアウトドアの経験を融合させて、野外救急法のプログラム開発という独自の価値を作ってきたわけです。看護師としても野外生活に関しても、どちらもエキスパートとはいえないとしても、両方の視点を活かすことで新規性という新しい価値が生まれます。

このあたりが、セミナー講師や文筆ということの糧になっていました。

ひとつの世界で勝負したら勝てなくても、別の業界の知識や技術、経験をつなげて融合させることで、社会的に価値のある新たな価値観・財産が作れるという発想。ナンバーワンではなく、オンリーワンというのに近い感じかもしれませんね。


ということで、経済的な不自由さから開放されたとき、自分の価値観や信念に従って行動できる基盤が生まれます。それを意識して日々生活しているかどうか?

常に自分の強みを意識して学生生活や看護師生活を送ること。

そしてその強みを活かせる道があれば、いつかやろう、ではなく、すぐに行動すること。

そうした積み重ねが、自分に対する自信を高めますし、はからずも特技を活かした別の収入源に繋がるかもしれません。

それが、内面的にも外要因的にも、自分の自由度を高めていくことになると思います。




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2015年07月08日

放送大学で特定看護師になっちゃう!?

今日、配信された日経メディカルの記事、驚きました。

放送大学が看護師の特定行為研修実施へ
医療機関との連携による研修を計画、「協力施設」を募集


放送大学で特定看護師になる!
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/anursing/report/201507/542956.html

なんと、あの放送大学が特定看護師育成に手を挙げたというのです。

病態生理学や薬理学、臨床推論、フィジカルアセスメントなど、特定行為研修にかかる共通科目を大学院のe-Learningとして開講し、臨床実習は協力施設として提携する病院などで展開するとのこと。

平成26年度中の開講を目指し、さらには「オプションとして修士号を取得できるプログラムについても今後検討していく」そうで、信じられないような夢物語的な気もすれば、平成26年という決して遠い話でもない現実味もあり、なんともにわかには信じられない内容でした。

放送大学はそもそも教養学部のみの単科大学。大学院として修士課程と博士課程も要していますが、決して医療系の教育機関ではありません。

この点に関しては、同記事の中で、

「もともと放送大学は、看護師国家資格の取得を目指す准看護師向けに、看護師学校養成所の教育内容の一部の授業科目を開設しているほか、学生には学士取得を目指す3年制の看護系短大や専門学校卒の看護師も多く、看護師教育に長年のノウハウと実績がある。」

とありました。

そう言われれば確かに。。。

学士(看護学)取得のためのリーフレットを作ったり、ナースを対象に精力的な展開をしているなとは以前から思っていましたが、まさか特定行為というおもいっきり医学の分野にまで手を伸ばしてくるとは想像だにしていませんでした。

教授陣を見てみると、大学院を中心に医師や看護師免許を持った専任教員もそこそこ擁しているのが放送大学。国設の私立大学という位置づけからも、なんだか今後の特定看護師育成(特定行為研修)の展開が楽しみです。


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2014年02月24日

心停止を食い止める時代へ 急変は不可抗力じゃない!

エマージェンシー・ケア誌のバックナンバーを見ていて気づいたのですが、去年1年の間に「気づき」能力とか非心停止対応の特集記事が2本も並んでいました。



この業界の流れはずっと追いかけているつもりですが、ますます時代はこっち方向に来てますね。

中を見ていると、Rapid Response Teamとか、平気で出てきて、かつてのコードブルー全盛時代とは一世を画する時代に突入してきているのを感じます。

心停止になってからじゃ助からない。

だからその手前の予兆の段階で早く介入しようというのは、合理的な流れ。

しかし問題は、BLSやACLSと違って、その訓練が難しいという点。

どちらの誌面を見ても、その紹介されている中身は日本医療教授システム学会(JSISH)の「患者急変対応コース for Nurses」(通称KIDUKIコース)なんですよね。

もともとは去年あたりからやたらと話題になっているアメリカ心臓協会AHAのPEARSプロバイダーコースが原型なのですが、それをヒントに成人の急変前兆の「気づき」と報告にフォーカスしたのがKIDUKIコース。

その後、同じくPERASを模倣してINARS(アイナース,Immediate Nursing Assessment Recognition Stabilization:心停止回避コース)が作られたりもしました。

今現在、オープンコースでの全国展開という点ではINARSの方が軍配が上がる感じですが、テキストが自費出版みたいな形なので、あまりこうした雑誌誌面では取り上げられないんでしょうね。


日本で、心停止を食い止めるというコンセプトでのコースは、この患者急変対応コースかINARSかという2つの選択肢しかありませんでしたが、どうやら本家本元のAHA-PEARSプロバイダーコースが日本語化されるという噂も。

正直、INARSは私は受講したことないので知らないのですが、患者急変対応コースは映像教材が肝。

生命危機徴候を訴えている患者の映像を見て、アセスメントの仕方を訓練していくのですが、患者急変対応コースは役者の演技なんです。だからどうしても限界がある。

その点、AHA-PEARSは、本当に死にかけた子どもの映像を使っているというのはさすが。

全部で何症例でしょう? 少なくとも12名のかなりまずそうな状態の患児の動画が使われています。

これが公式に日本語化されたら、、、、きっと、日本のナースの急変対応研修の価値観(?)ががらりと変わるでしょうね。

エマージェンシーケア誌に垣間見れるこの方向性は、救急に限らず、間違いなく看護業界にキてます。





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2014年01月26日

お勧めのファーストエイド解説本「もしもの時に必ず役立つ!緊急・応急処置Q&A」

なかなか良い本が出ました。



編集は三上 剛人さん。救急認定看護師で有名な方です。
執筆陣もほとんどが救急認定看護師。

救急認定看護師で、ファーストエイドといえば、日本救急看護学会が出した「ファーストエイドすべての看護職のための緊急応急処置」がありましたが、コンセプトとは裏腹にファーストエイドとは名ばかりで、ひどい内容でした。(ナースのための救急センター初療マニュアルとしては、いい本なんでしょうけど、ファーストエイドじゃなかったです、内容が)

この点は、執筆陣も感じていたんでしょうね。

そこで出てきたのが(看護職のためのファーストエイド実践書)「もしもの時に必ず役立つ!緊急・応急処置Q&A」です。

まえがきのいちばんはじめにこんなことが書かれています。

「本書は、病院内で起こる急変を想定したものではありません。救急看護師向けに書かれた限定的な本でもありません」

やっぱり先のファーストエイド本は「救急看護師向けに書かれた限定的な本」だったんでしょうね。

さて、この「もしもの時に必ず役立つ!緊急・応急処置Q&A」のいいところは、アセスメントの手順がしっかり書かれているところ。看護職向けとしているだけのことはあります。

ABCDEアプローチでの一次評価、AMPLE聴取や全身観察の二次評価など、医療界で標準の体系的アプローチに準拠しています。やっぱりナース向けとしてはこうでなくちゃ。

また観察の視点や、病院にいってから処置のことも軽く触れられているため、他の「市民向け」応急手当解説書と違って、救命の連鎖的なつながりをもった視点でファーストエイドが学べるんじゃないかと思います。

看護職向けと考えたら、やや簡単に書かれているといえるかもしれません。一般の方向けとしてはやや手ごたえのある内容かもしれません。

その点を踏まえて、今のところもっともお勧めできるファーストエイド解説書かなと思います。





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2013年03月07日

医療者教育から、医療界の問題の本質へ〜医療教授システム学会総会で感じたこと

今日から3日間、東京の竹橋で開催されている日本医療教授システム学会の総会に行ってきました。医学シミュレーション教育を始めとする医療教育を考える学術集会。創設以来、ファシリテーターで呼ばれたり、一般参加として毎年参加しているのですが、行く度に新しい発見や、その時代のトレンドが肌で実感できる密かに熱い学会です。

医療総合系の学会で、医師、看護師、救急救命士、臨床工学技士、さらには教育学者や蘇生科学を学ぶ学生、市民団体も含めた幅広い人が参加しているのも魅力のひとつ。

特に今回の会頭はナースが務めているということもあって、いつにもまして見逃せない学術集会でした。

Twitterでもつぶやきましたが、やっぱり時代のトレンドが掴めるというのはいちばんおもしろいところ。確か、去年は、BLS/ACLSといった心停止後ケアの時代は終わって、非心停止の時代に突入したのを感じた、みたいなことを書いた気がしますが、今年の学会で感じたのは、医療者教育は、ついに教育の枠を越えた、ということでしょうか。

最初の会頭の基調講演でもありましたが、卒後教育の学びの形態は「経験学習」です。現場での実践体験を通して学びを深めていくという形。

この経験学習で重要なのは、看護界ではよく言われている「振り返り」です。周りの先輩スタッフや同僚との対話の中から、内省を得て、それが学びになっていきます。つまり「対話」がスタッフを育てるのですが、その対話ができる環境であるかどうかが問題。

「こんなこと言ったら怒られないかな」「やっぱ本音は言えないよ」

そんな環境では対話は生まれません。

つまり新人が主体的に行動を振り返れる環境が職場にありますか? というのが問題。

よく、師長さんや指導者が、「なんでも言って! 聞くから」とか言うけど、本音を言えることって少ないですよね。今日の別の話でもありましたが、医療とは別の人材育成のセミナーで、会社社長が「うちの社員は意見をぜんぜん挙げてくれないんです」ということが多いそうですが、その多くは、社員じゃなくて社長が知らず知らずのうちに作っているバリアが問題だという話。そういうことをいうのは中小のワンマン社長が多いらしいですけど。

それと同じことが医療界でもありますよね。

まあ、日本社会全体を考えてみれば、「今日は無礼講だ」と社長が言ったから、本音をぶつけたら後々大問題になったとか、もともと建前社会なのも問題なのかも。だから言葉じゃなくて、「雰囲気」、「空気」の問題なんですよね。暗黙の了解というやっかいな壁がある以上、言葉で言っていることは当てにならない。

上司や周りのスタッフへの信頼感、安心感がないと本音は引き出せないし、対話は生まれない。

対話ができないということは、つまりは、現場での教育が進まないということをも意味するのです。

業務がうまくいいかないだけではなく、新人が育つことすら阻んでしまう。

かつては教育は教育の枠の中で語られていた気がしますが、今回の日本医療教授システム学会総会で感じたのは、職場での現任教育は、教育以前の問題として職場の信頼関係、風土によって決定づけられるというものだったのです。

そこで思い当たる点がひとつ。

最近、その話ばかりで辟易されている方もいるかもしれませんが、去年の年末から私がオープンに語り出した眼科白内障手術の未滅菌使い回し事件。

普通に考えたらあり得ない、洗浄すらしない手術器具を複数患者にあたりまえのように使いまわすことが10年以上にわたって行われてきた事件。

ふつうだったら誰でもその異常さに気づくと思うんです。でも私が声を上げるまで誰も問題視しなかった。問題提起した後も、自分たちが加担してきた誤った行為を認めず、オペをボイコットした私を非難までしたベテランナースたち。

その後、年代別に行なった振り返りの会などでも、若い人は問題に気づいていた、古い人ほど問題意識がなかったという事実がわかってきています。

逆に言えばベテランの人たちも、若いころは疑問に感じていたかもしれない。でも若い立場で言葉にできなかった、つまり疑問を対話にもっていけなかった図式が明らかになっています。

臨床指導者や主任看護師が当たり前にやっていることを、「まずいんじゃないですか?」とは言えない雰囲気。まあ、それは当然ですよね。

結局、私が声をあげてから7年間。使い回しが止められなかったのは、現場で対話できる環境がなかったから、というのが今回の総会に参加してはっきりわかりました。

つまり、私がいた職場には卒後教育として新人ナースが健全に成長できる土台がなかったのです。だからこそ、明らかにおかしい問題が問題とならずに是正されずに脈々と負のスパイラルが続いていた。

私がなにかおかしいと思っていたことの構図が今回、はっきりわかった、そんな気でいます。

でもこれは、恐らく私の職場だけではなく、看護界全般の問題だと思っています。

問題を問題として認識して、それをどう改善していくか?

いま、問題の構造分析が進んできた黎明期にあるのかもしれません。信念対立とか問題の背後にあるものが次第にわかってきています。

いまや医療者教育は、教育分野のみならず、問題解決手法の一つとしても捉えられてきている模様。


医療者教育を突き詰めると、医療界の問題の本質と問題解決の糸口が見えてきました。


学会参加して初日になんとなく感じたことですが、明日、もう一日、いろんな発表を聞いてトレンドを感じる中で、この印象がどう変わるのか、それとも確信を強めるのか、余裕があったらまた明日レポートします。





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2012年12月17日

急変対応スキルはショックの病態理解から始まる

今月号の 月刊ナーシング誌 のサブ特集記事、良かったですよ。

『初めての人のための
 ショックの知識
 気づきのサインもまずはここから』


「最近、『急変は起こる前に察知しよう』という気づきトレーニングなどの重要性が言われています。しかしこれらのサインを見抜き、評価するには方法を知るだけでは不十分で、そのとき患者の身体の中でなにが起こっているかを正しくイメージできることが不可欠です。そしてそれは、実はショックという病態を理解することに他なりません」(記事冒頭より引用)

月刊ナーシング「初めての人のためのショックの知識」


そうなんですよね。

「気づき」もそうだし、ファーストエイドの傷病者アセスメントも、肝心かなめはショックの病態を理解すること。

人が命を落とす原因って、突き詰めれば呼吸のトラブルか循環のトラブルか致死性不整脈のどれかで、循環のトラブルというのが、ショックのこと。

この人間が死に至るメカニズムを理解していないと、死への進行を食い止めることはできない。

ショックの仕組みと人が死ぬ理屈がわかると強いです。

実はこのあたりのことって市民レベルのファーストエイドでも大事だったりするんですよね。

市民向け外傷コースといえるウィルダネス・ファーストエイドでは、主に出血・脱水に起因する循環血液量減少性ショックと、アナフィラキシーに代表される血液分布異常性ショックの病態はかなり詳しく教えこまれます。

それだけやっぱりファーストエイドでは大事な基本概念だってこと。

ショックは血圧が下がることとイコールではないし、血圧が下がるまで待ってたらある意味、看護師失格。ショックはその前から始まっていて兆候はちゃんと出ているはずなんだから、代償性ショックのうちに気づいてどうにかするのがベッドサイドにいるナースの役割。

心臓が停まってからの対応なんか知っていたってどうしようもない。

医者はいいですよ。心臓停まってから呼ばれてくるんですから。でもナースは違うでしょ?

BLSとかACLSはもともと医者向けの教育。だから心停止から始まる。

でもナースは違う。ナースの急変対応は心停止を食い止めるとこから関わっているのだから。


難しい印象があるかもしれないけど、市民ファーストエイド教育でも教えられているくらいのものなんですから、ナースならショックの基本理解は、是非って思う。

ショックの時に足を挙上するっていうのも、今では否定されているのも知ってました?

今回の記事では、いまいち歯切れが悪い書き方だったけど、ファーストエイド国際ガイドライン勧告では明確に否定されているし。

BLSから始まる急変対応教育の時代は終わりました。

まずはショックの理解からはじめましょ。




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2012年07月09日

ドラマ「サマーレスキュー」〜山岳診療所の実際

今日からドラマ「サマーレスキュー」、始まりましたね。たまたま昨日、Facebookでそのことを知って、今日は出張先のホテル泊まりでしたが、早めに宿に帰ってなんとか見ることができました。

昔からこのブログを見てくださっている方は、以前、私が山小屋の診療所にボランティアで行ったという話を何度か書いたのを覚えていますか?

奇遇なことに、今回「サマーレスキュー」のモデルとなった山岳診療所は、まさに私が通っていた診療所でした。

山岳診療所の中の様子【サマーレスキュー】
「サマーレスキュー」のモデルとなった某山岳診療所の診察室



山の稜線に建つ山岳診療所【サマーレスキュー】
「サマーレスキュー」のモデルとなった某山岳診療所の遠景。稜線上、鞍部に立地


隣接する山小屋の作りとか、診療所の中の様子が見事に再現されていてすぐにわかりました。

それと入山から診療所まで歩いて10時間かかるとか、近くの稜線に出ると携帯電話の電波が通じるとか、端々のエピソードもまさにその診療所。

見ていてうれしくなっちゃいました。

ちなみにドラマに出てくる山小屋と診療所は本物ではありません。恐らくハリボテのセット。画像は合成したのか実際に建てたのかはわかりませんが、あの手の稜線だと恐らく国有地でしょうから、合成なのかな。

ドラマの中でも描かれていましたが、山岳診療所は保険診療を行う正式な診療所ではありません。どちらかというと山小屋の救護所。ただ、医師や看護師がいる場合は薬の処方ができたり、点滴とか縫合とか医療処置ができる場合もありますよ、という程度。

医師、看護師といった医療スタッフは、ボランティアでの自主参加で、あのドラマみたいに業務としての派遣はありませんので、日程によっては医師、看護師不在で医学生しかいないという場合もあります。その場合は、ホントに救護所。薬はいっさい出せません。

医療機器や薬、酸素ボンベなどは設置大学医学部や製薬会社からの現物供与だったり、診療班OBからの寄付に頼っています。

診療を受ける人は必要に応じて薬までもらえますが、診療費は基本無料。寸志というか寄付をお願いしています。

さっきも書きましたが、診療スタッフも全員ボランティア。学生サークルが中心になって運営していて、医師、看護師は自分の夏休みを使って入山し、数日から1週間を診療活動に費やしていきます。交通費も完全に自腹ですし、減免はあるにしても山小屋の宿泊費や食費は自分で払います。

なんでそこまで自己負担して貴重な夏休みをつぶしてまで行くのか、というと、きっと楽しいからなんでしょうね。

標高2000mの天上界。普通の登山だったら一時の通過点でしかありませんが、そこに1週間も滞在するというのは、登山者にとっても貴重な体験です。夜明けから日没までの自然界の移り変わりを肌で感じて過ごす日々。この上ない癒しです。

医療者としても、病院という守られた場所以外の場所で自分を試せる学びの場。またなにより同じ気持ちを持つ登山者の支えとなっているという自負と責任感。

これをきっかけに、山岳診療所ボランティアスタッフ体験のことや、医療器具や薬に頼らないで身一つでできる応急救護(ファーストエイド)のことなどを書いていってみようと思います。


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2011年11月09日

医行為が認められるのは一握りの特定看護師だけじゃない

ここ数日、特定看護師をめぐる報道をよく目にしますね。

『診断・治療もできる「特定看護師」導入へ 厚労省が原案』

 医師がしている診断や治療の一部ができる「特定看護師」の導入を議論してきた厚生労働省は7日、作業部会で制度の原案を示した。法律を改正し、床ずれの治療や脱水した場合の点滴開始の判断など「特定の医行為」を認証を受けた看護師ができるようにする。医療の質や患者の満足度の向上につながると期待される。

 この日の部会で示された原案では、5年以上の実務経験がある看護師が、国指定の研修を受け、国の試験に受かると「特定能力認証」を受ける。医師の事前の指示に従えば、自らの判断でできるようになる。養成課程は、高齢者の慢性的な病気など幅広い2年と、皮膚・排泄(はいせつ)ケアなど分野を限る8カ月コースを想定している。
(朝日新聞:2011年11月8日


アメリカの医師と看護師の間的な医療職、ナース・プラクティショナーを参考に作られようとしている新制度。

皆さん、一部のエリートだけの話と思ってませんか?

実はいま原案化された「特定看護師」制度、なかなか意外な方向に話がまとまりつつあるようです。

私も勉強中の身で、それほど事情に明るいわけではありませんが、今のところ、特定看護師を名称独占にも業務独占にもしない、という方向性らしいのです。

業務独占というのは法律用語ですが、「免許を持った人意外は行ってはいけない」とするのが業務独占。

特定看護師ができる医療処置は、特定看護師だけの業務独占ではない。

つまり、特定看護師以外でも、現在はナースには認められていない医療処置を行なえるようになる、ということです。

それじゃ、単なるナースの業務拡大で、特定看護師は関係ないじゃん、という感じもしますが、まあ、事実上、そういうことのようです。

簡単にいうと、包括的指示があれば自分の判断で「特定行為」を行なえるのが特定看護師、包括的指示だけではなく具体的指示が必要なのが、一般看護師。

この図は厚生労働省のウェブで公開されている資料からの抜粋です。(PDFファイルです

看護師「特定行為」の指示体系

ふつうの看護師でも、病院施設として安全管理の取り決めがあり、包括的指示があり、医師に個別の状態を報告の上、具体的指示を受ければ特定行為を行なえるということがはっきりわかると思います。(もちろん看護師にその能力と経験が必要なのはいうまでもありません)

その「特定行為」の内容はこれから、領域ごとに検討・リストアップされていくようですが、現時点褥創のデブリなどが例として挙げられています。

結局のところ、いまはグレーゾーンとして施設ごとにナースに行なわせていた医行為に関して、制度化のうえ、容認しようというのが、今回の特定看護師制度制度新設の実体の模様。

日本にもついにナース・プラクティショナーが誕生!

というような華々しい話ではないようです。

特定看護師を進めている側としては、業務独占にしたいようで、現在大学院で行なわれている特定看護師教育では、それなりに高度な教育を始めています。しかし、さまざまな反対勢力があり、結果的にはグレーゾーンとして医行為を行なっている現状に新制度を当てはめて公認化する、という地味な形にまとまったとも聞きます。

結局、いま原案が示された特定看護師制度がスタートすると、いちばん影響を受けるのは今後誕生する少数精鋭の特定看護師の周辺ではなく、特定看護師とはまったく関係のない一般の臨床です。

事実上、ナースの業務拡大なのだから。

特定行為を意識した研修制度を作ることになりますし、ナースの仕事も増える。

だから、特定看護師制度新設は、特定看護師の問題ではなく、私たちナース全体の現実問題なのです。

今後の動きから目が離せません。



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2011年10月10日

ナースがリードする勉強会&講習会のhowto

昨日、本屋で見つけた雑誌ですが、ぜひ病院の教育担当者とか認定看護師には読んでもらいたい特集記事でした。

emergency_care_2011_9.jpg

エマージェンシー・ケア 2011年9月号(24巻9号)

救急ナースがリードする勉強会&講習会

企画から本番までのhow toがまるわかり




このブログでもしばしば取り上げているインストラクショナル・デザイン成人学習の内容がコンパクトにまとめられています。


ナースによっては日常的に行っている勉強会企画ですが、これも看護と同様、経験論ではなく科学の部分があります。

そもそも「教えよう」というスタンスで意気込んだ勉強会はたいてい失敗に終わります。悪いことにその失敗に企画者は気づかないで終わることがままあり、下手すると企画者は大満足、でも受講者には何も残っていない、なんのアウトカムも出せない研修というのが、ありがちじゃないでしょうか?

教えることが目的ではなく、受け手が学習するのが目的。

教え手中心の視点から、学習者中心の視点に考え方をシフトするのが、実りある研修にするための入り口。

ちょっと前にはやった『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』でも、顧客中心に考えなければいけないと書かれてるのと同じです。

勉強会企画、講習企画には、きちんとしたセオリー、理論があります。

それをおさえておくだけで、勉強会の出来が雲泥の差に違ってくるはず。

なにも、勉強会に限らず、プリセプターシップとか後輩指導にも役立つ内容です。

キーワードは、

 ・インストラクショナル・デザイン(ID)
 ・教材設計
 ・成人学習

それぞれに奥は深いのですが、即効性のある"ARCSモデル"と"カークパトリックの4段階評価モデル"の話だけ、少し書いておきます。

ARCSは成人学習で抑えておくべき4つのポイントを示しています。

 A: Attention(注意)
 R: Relevance(関連性)
 C: Confidence(自信)
 S: Satisfaction(満足感)

掛け算の九九を覚えるような丸暗記の押し付けのような教育は成人には向きません。自我が完成した成人は「自ら学習する」ものです。それを支援しようというのが成人学習の基本スタンス。

そのためには、上記の4つを意識した支援が大切。これはパワーポイント資料を作るときでも、講演の組み立てをする場合でも同じでARCSの要素を盛り込むことがポイントです。

まず、注意を引くこと。お笑いでも同じですが、つかみはOK?、というやつです。誰もが疑問に思っている問題点を提起したり、興味を持ってもらう働きかけを。

その際に留意したいのが2番目の関連性。その話が学習者にどう関係しているのか。ざっくり言えば、その研修に参加することで、どんないいことがあるのか、を明確にすること。具体的な例があがるといいですよね。

こうやって、自ら興味を持って学習に参加する、その研修の場にいることの意味を見出してもらい積極性を引き出します。

そしてその研修内容は、難しすぎず、簡単すぎず、手ごたえと満足度があるべきです。これなら私にもできそうかなとという手ごたえ・自信を感じて帰ってもらうこと。実習があるなら、「できた!」と感じる場面と、それを評価する指導者のスタンスが大切。

もし時間が十分でなかったり、難しいと感じる内容を残してしまうのであれば、続く学習の機会を提供することも意味があります。「もっと勉強したい人はこの本がお勧めです」とか。自信と満足度は更なる学習意欲につながるものであるべきで、その目標を活かす働きかけを。


もうひとつ教材設計者が抑えておきたい考え方が「カークパトリックの4段階評価モデル」。

勉強会とか研修プログラムの目的はなんでしょう? ざっくり言えば「臨床で使える」、ではないでしょうか?

では、その研修を終えた受講者は、翌日からそれを実践できそうですか?

そう考えると、厳しいなぁということが多くありませんか?

この学習内容と実践能力の関係とその評価を考える上で、注目されているのがカークパトリックの4段階評価モデル

 レベル1:学習者の満足度・・・アンケート調査
 レベル2:学習者の理解・・・筆記テスト、実技評価
 レベル3:臨床での活用度・・・他者による観察、行動比較
 レベル4:業績への貢献・・・(作業時間の短縮など)

病院内の集合研修でフォロー・評価できるのはレベル2までです。それを臨床で応用しようと思ったら、つまりレベル3の研修を目指すのであれば、臨床現場でのシミュレーション教育が不可欠。

たとえば蘇生教育で言うなら、講習会場でACLSを履修したとしても、それはレベル2でしかありませんから、現場で使えるかといえば厳しいです。

じゃあ、どうしたらいいかというと、職場に帰って、普段働く病棟などでリアルな機材を使ってシミュレーションを行うこと。これによって、理想化された講習会場では気づかない問題がたくさん見えてきます。

ベッドを壁から離して、頭側の柵を外さないとCPRができないとか、ベッド間が狭くて救急カートと除細動器が入らないとか。

些細な様でも、実際にやってみると大問題だったり、というのは現場だから初めてわかることです。


ちなみにオペ室でのシミュレーションについてはこちら:

オペ室での急変対応シミュレーション
http://or-nurse.seesaa.net/article/159455469.html

オペ室急変対応シミュレーション 第二弾
http://or-nurse.seesaa.net/article/217070305.html

手術室での急変対応シミュレーション(ACLS)
http://or-nurse.seesaa.net/article/134251343.html




こんなように、受講者が実務レベル実践可能な状態になるまでの段階を考えて、集合教育から臨床に戻ったときのフォローまでも考えて、初めてその研修プログラムが活きてきます。

「教えたんだからできるでしょ?」ではないのです。


ぜひ、そんな教育を基礎から見直す意味で、ぜひ指導役割があるすべてのナースに読んでもらいたい特集記事でした。



追記:似たような結論の話をちょっとまえに書いてました。⇒『「研究ごっこ」の弊害・・・結果を出せてない「看護研究」制度




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2011年09月10日

『裸のプレゼンター』〜プレゼンの真髄から後輩指導まで

大学からの講演依頼があったりして、この数ヶ月、プレゼンテーションについて、またあれこれ勉強しています。

プレゼンといえば、以前にナース特有の学会発表の傾向について書いたことがありました。そこで プレゼンテーションZEN という本を紹介したのですが、その続編 「裸のプレゼンター」(ガー・レイノルズ著) が今回のテーマです。

裸のプレゼンター


プレゼンテーションとはなにか? というある意味哲学的な命題に真っ向から向き合った本。



一言でいえば、プレゼンテーションってアートなんですよね。

大げさにいうと映画と同じく総合芸術。

スライド資料というマルチメディア(文字、写真、図版、音声、動画)と話し手の語り口の融合。さらには演者の立ち位置や手振り、表情、声の抑揚、間、などの非言語的表現。

それら複合メディアを駆使しての「表現」がプレゼンテーション。

その目的は? というと話し手から聴衆へのメッセージを伝えること。

抄録に活字を乗せるだけの文字情報ではなく、マルチメディア+口演というパフォーマンスを使うのは、それだけ鮮烈にメッセージを伝えたいからに他なりません。

そんな高度な表現活動なんです、プレゼンテーションって。



そんな風に考えたことってありました?


看護研究や学会発表で、PowerPoint資料を作って、人前でしゃべるということは、何年もナースをやっていれば、1度や2度はあると思います。

その目的はなに? と言ったときに「発表すること」自体が目的になってる傾向がないかなと私は感じています。

学会発表という儀式をこなす、その儀式にはPowerPoint資料が必要だから、とりあえず作ってみた。発表は原稿を作って、それを流暢に読み上げればOK、みたいな。

発表によって何を伝えたいのか? そのメッセージはなに?

根源的な問いです。


伝えたい! そのエモーションが大切なのですが、それ以前に「お作法」に縛られるあまり、本質を見失いがちなのでは?

フォーマルな学会発表ですから、「型」も大切ですけど、ガチガチすぎると、しゃべってるほうも聞いてるほうもつまらない。


別の言い方をすると、主体はどっちかという点です。

話し手と聞き手。

話したいことを話せばいいのか? わかってもらわなければ意味がないのか?

このあたりを突き詰めると、プレゼンテーションは変わりますし、さらには病院内での勉強会でも後輩指導でも変わるはずです。

教育のあり方を含めて、勉強になる本でした。お奨めです。




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2011年08月10日

「研究ごっこ」の弊害・・・結果を出せてない「看護研究」制度

Twitter 上で反響が大きかった看護研究の弊害についての話題、すこしこちらにも書きとめておきたいと思います。

ここでいう「看護研究」とはいわゆるカンケン(看研)のことです。

病院勤務ナースが持ちまわりでやらされるアレ。

看護研究はするな! 看護学雑誌特集記事

さて、いわゆる看研、あれって「研究」ではないですよね?

ある人は、夏休みの自由研究みたいなものと表現しました。私に言わせれば「研究ごっこ」。

問題は、本人たちは研究をしていると思い込んでいることです。そしてやらせている病院の教育部の人たちもそう信じていること。

病院で当番として強制的にやらされる研究、看研はたいていは病院の教育プログラムの一環として行われているものです。

つまり看研とは、問題解決法のひとつとして「研究」という手法を身につけるための教育課程と言えます。別の言い方をすれば、目的を持った研修プログラム。

その目的は、問題解決手法として「研究」を使いこなせる人材の養成、のはず。

そのために、お作法としての研究を体験させられるわけです。

つまり研究の中身が大切なのではなくて、研究という形式を踏むことにメインフォーカスされているのが「看護研究」の特徴。

だから、やもするとテーマを自分で決められなかったり、アドバイスという名の外部圧力でテーマを変えざるを得ないということが、普通に起こります。

テーマが選べない、アドバイスを受けるうちに自分の興味のない全然別のテーマにさせられた。

看護研究は、研究内容はなんだっていいんです。お作法にのっとって研究のプロセスを踏み、論文の体裁を整えて、発表する。その一連の流れが大切なのです。

中身云々より、模擬体験をさせること。だから研究ごっこ。

これは、本来の研究の動機、目的を考えたらそれは有り得ない話です。

本末転倒。

こう考えるといろいろ納得できませんか?



看護研究制度を目的を持った研修プログラムと位置づけた場合、面白い考察ができます。

それはその研修プログラムが目的を達しているか、アウトカムを出せているか? という点。

つまり、日常的に研究という手法を問題解決に使いこなす人材を作れているか、という問題です。

この点は、皆さんに聞いたほうが早いでしょうね。

一度看研をやって、その後、自主的に研究をしたことある人、どれだけいますか?

もう二度とやりたくない!

看研のせいで病院を辞めた!

なんて話はよく聞きます。

つまり人材育成という面で、「看護研究」課程は成功しているとはいえない現状、と思いません?


なにがいけないのかというと、要は看護研究は、研究手法やお作法といったテクニカルなことしか教えていないことにあります。

「やり方は教えた、ほら、あとは自分でできるでしょ」

という丸投げな態度。

成人学習の理論で言うと、いちばん大事なものが抜けています。

それはモチベーションへの働きかけ、そして、研究手法を身につけると、どんないいことがあるのかという自分との関連性の示唆。

これがないから、看護研究は苦痛なだけの苦行に終わり「もう研究なんか絶対しない!」という研究嫌いを増産しているのです。

成人の学びは自ら必要性を感じ自ら学ぶものです。やらされた感の中からは何も生まれませんし、残りません。

せめて研究テーマくらい好きなように選ばせてあげればいいのに、とホント思います。ここが納得しなければやる意味ないです。学習効果もこの時点でほぼ期待できない。

あと、研究手法の活用法ももうちょっと現実的な話で説明してあげればいいのに。なにも学会発表するだけが研究じゃありません。

ちょっとした職場内での業務改善にだって研究手法は使えますし、いちばん生きてくるのが病院の中で何かを提案したり、制度を変えようとするときでしょうね。

日頃の愚痴を愚痴で終わらせたくなければ、研究の手法をとって、文献を調べデータを取って理路整然とまとめて、提出すればいいんです。

これでたいていのことは変わります。

卑近な例で恐縮ですが、これでうちのオペ室、サービス残業がなくなりましたし、土曜日オンコール待機の手当てが増額されましたし、数々の悪しき慣習に終止符を打つことができました。

別に「研究」をしなくたって、研究のプロセスを使えば大げさな言い方をすれば、社会を動かせるのです。

自分の意見を理論立てて、文献から他者の言葉添えをもらい、相手を説得させる文章を書き、プレゼンをする。

これを研究と呼ぶか、一般企業的にプレゼンテーションと呼ぶか。

まあ、どっちでもいいのですが、ナースにとってはそんな社会PR力をつける格好の機会が看護研究なので、ぜひそれを活用してほしいと思っています。

ただ、現在の教育システムとしての看護研究は、成人学習理論的にダメダメなのが残念。

病院の教育担当者は、ぜひPDCAサイクル(plan-do-check-act)に照らして看護研究制度を見直してもらいたいものです。

自分たちがやらせている看護研究の目的はなんなのか? そしてそれはアウトカムを出せているのか?

なんとなく慣習でやるもの、もしそんな程度でやらせているなら、やめてしまえ、と言いたい。

不毛な強制で、もうこれ以上、苦しめないでください。

せっかくの学びと発展のチャンスをつぶさないでください。


関連記事:『ナースのプレゼンテーション〜「看護研究」を考える』

参考記事:対談:研究以前のリテラシー(週間医学界新聞)




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2011年02月20日

ナースのプレゼンテーション〜「看護研究」を考える

昨日参加してきた日本環境感染学会は、感染対策にかかわるすべての職種のための総合学会。

演題発表は、医師・看護師だけでなく、歯科医師や理学療法士、薬剤師、臨床検査技師、製薬会社社員など、他職種が交じり合っていてとても面白かったです。

いろいろな職種の人のプレゼンテーションを見ていて気づいたのは、ナースは良くも悪くも質が均一化されている点。

みんな似通った発表の仕方をするんですよね。


・顔を上げずに原稿を読む
・書き言葉
・何度も練習したスムーズな朗読
・きっちり練習しすぎるゆえに、一回とちると固まったり、臨機応変に対応できない
・「○○はスライド・抄録をご参照ください」という言い回し


そう、「看護研究」でお作法をみっちり教え込まれた感がありあり、なんです。

病院内で課される「看護研究」で鍛えられたせいか、また所属でみっちり練習する習慣からか、看護師の口演の仕方で、ひどいものはあまりありません。

でも反対に、すばらしいプレゼンテーションもあまりありませんでした。

良くも悪くもそこそこのところに均一化されている感じ。


発表という課されたタスク(苦行?)をそつなくこなすことに精一杯で機械的。もしくは優等生的。伝えよう、という思いがあまり感じられない発表と言ったらいったら言いすぎかな。


もうちょっと気楽に「遊び」があってもいいのになと思いながら聞いていました。

最近、世の中のパワーポイント・プレゼンテーションといえば、大きな画像と最小限の文字、そして平面の空間美を意識した Zen(禅)プレゼンテーション が流行りです。

スライドは、話を引き立てるための添え物であり、文字を羅列・箇条書きし読ませるためのものではない、というような哲学を含んでいます。

Appleのスティーブ・ジョブズがそのはしりみたいですが、そんな目を引く、話に引き込まれるような発表、なかったですね。(医師ではたまにバリバリにZENの手法を使う人を見かけます)

せめて、原稿朗読をやめて、顔を上げてくれるといいのですが。


すべては「看護研究」の弊害なんだと思います。

さっきから私が「看護研究」をカッコ付きで書いているのには意味があります。

いわゆる「看護研究」は「看護研究」であって、学問的に純粋な研究とは違います(と、言い切っちゃいましょう!?)。

何かの命題や問題、テーマに対して明らかにしたい点があって自発的に取り組むのが研究ですが、臨床看護師が行っている看護研究の大半は違いますよね?

まず「今年はあなたが看研(カンケン)当番よ」と上司に言われて、研究をしろと業務命令が下ります。そして無理やりテーマをひねり出して行わされる苦行。

そんなナース業界独特の伝統文化が「看護研究」もしくは「カンケン」です。

臨床ナースに課される「看護研究」は中身はあまり求められていません。

求められているのは、お作法に忠実であるか、に尽きます。

だから、やたらとルールが厳しい。

「看護研究」って嫌な思い出になっている人が多いんじゃないでしょうか。

理不尽に思いながらも、やらされて、叩き込まれるお作法。

それが他職種の発表の中でもひときわ目立つナースのプレゼンテーションに現れている気がしました。

研究論文の書き方とか、セオリーはありますが、研究の進め方や発表の仕方なんてカチッとした決まりはありません。

お作法なんかよりは、「あなたの伝えたいことは何ですか?」が重要だと思うのですが、「看護研究」での"研究ごっこ"が悪く作用しているように思えてなりません。

本来は、研究を行う姿勢をつくり、医療職者の生涯学習として研究を行っていけるような能力開発(教育システム)がいわゆる「看護研究」だと思うのですが、そこから解き放たれずに結局「看護研究」のまま終わってしまっているのが現状なのでは?

もっと気軽に「研究」に取り組める姿勢を作らなければ意味がありません。逆効果。



倫理規定云々で縛られているのもナースだけのような印象がありました。

業務改善のために行っている調査・研究に対して、職員(同僚)への同意なんてとる必要あるんですかね?

身内に対するアンケートひとつで、同意書云々や倫理的配慮を問題にしているのはおそらくナースだけです。

お作法を勉強するのが目的の「看護研究」でやらされたことをそのまま踏襲しているのだと思いますが。

倫理的配慮は医療職者にとっては大切なことです。

しかし、その歴史的経緯を考えれば、配慮すべき対象とか場面というのはわかりそうなものですが、杓子定規になっている感が否めません。

反対に、倫理的観点からそれはどうなの、という発表も他職種ではありました。それを考えれば倫理基準が高いことは誇るべきですが、もうちょっと柔軟に考えればいいのにと思ってしまいます。


つまり看護師は「看護研究」という文化に毒されて、研究の意味を履き違えている可能性大。

つまり研究以前の問題として、見直す必要がありそう。

研究って何なんでしょうね?


ちょっと刺激的に書いてしまいましたが、なにかご意見がある方は、西條 剛央 (著) 『研究以前のモンダイ 看護研究で迷わないための超入門講座』 (こちらも参考にどうぞ) をご一読の上、メッセージをいただけるとうれしいです。
posted by Metzenbaum at 02:06 | Comment(4) | TrackBack(0) | 看護師スキルアップ
2011年01月04日

ナースにも必須のファーストエイド

去年の暮れに開催された日本救急看護学会では、「ファーストエイド」というキーワードで盛り上がっていたようです。

ファーストエイド First Aid という単語、皆さん、馴染みはありますか?

日本語でいえば応急手当とか応急処置。


急病やケガなど、いざというときにその場でとっさに対応するための術といいましょうか。


看護師たるもの、仕事以外の日常生活や道ばたなどでも、困った人を見つけたら助けてあげられる存在であるべき! ということで、日本救急医学会が万を持してリリースしたのが「ナース向けファーストエイドコース」。

立派なテキストとDVD、e-learningコースにインストラクター制度。

ファーストエイドすべての看護職のための緊急応急処置
↑救急看護学会ファーストエイドコースのテキストwith DVD
「ファーストエイドすべての看護職のための緊急応急処置」


かなり気合いを入れた取り組みとお見受けしました。


救急看護学会が、まさか「ファーストエイド」を持ってくるとは意外でした。

というのは、私は American Heart Association のファーストエイド・インストラクターとして活動しているのですが、日本の看護師ってファーストエイドには関心が薄い気がしていたからです。

医療者向けのBLSくらいはそれなりに興味を持ってくれるのですが、ファーストエイドコースはほとんどアウト of 眼中。

それはインストラクターでも同じです。

AHA の BLS Instructor は、ファーストエイド・インストラクター資格も内包しているので、AHAのファーストエイドコースを教えてカード発行ができるのですが、日本に数千人はいると思われるナースのBLSインストラクターでファーストエイドコースを開催している人はおそらく数人程度。

インストラクターであっても、アメリカ心臓協会AHAがファーストエイドコースを持っていることすら知らない人が多いのが現状かも。(インストラクターコースではきちんと説明されているはずなんですけどね)


看護師がファーストエイドにイマイチ関心が薄いのは、おそらくそれが市民向けだからです。

医療従事者が行う医療行為とは一線を画する、誰でもできる臨時応急の手当て、ということですから当然と言えば当然。

ナースが勉強するほどのものではないという印象が強いのかも知れません。



じゃあ、ナースだったら応急処置なんて朝飯前?


どうでしょう? 自信を持って、ハイ、と答えることができる人、どれくらいいるでしょう?

まあ、院内BLSを教えている人とか、AHA-BLS Instructorだったら、思わず手を挙げてしまうかも知れませんが、非心停止での適切な対応ができますか? 腹臥位で意識のないの傷病者を適切に評価できますか? と聞いたらどうでしょう?

ファーストエイドで重要なポイントは、心停止以外のあらゆる緊急事態への対応が含まれるという点です。

心停止の対応は簡単です。やることは決まっているから。

それ以外の対応、いかがでしょう?

少なくとも看護学校では、応急手当なんて授業・実習はなかったし、臨床ではバリバリ急変対応しているかもしれないけど、なにも道具がなくて、仲間のナースや医師もいない町中で一人で何ができるか、という訓練は受けてないし、そんな思考パターンすら持ち合わせていない。

病院外で鼻血を出した人に、ボスミンガーゼを! なんて言っても、ただの使えない人です。

ですから、ナースであっても意図的に講習を受けたり、トレーニングを積まないと、実は病院以外で適切な対応をすることは、むずかしい、という現実を受け入れる必要があります。

市民レベルとバカにすることなかれ!

その程度すら看護師は教わる機会がふつうはないのです。で、そんな業界事情は世間では知られておらず、普通の人は、ナースと言ったら、テレビドラマみたいにかっこよく応急処置をしてくれる人で、そんなのは誰でも朝飯前と信じています。

ということで、意外な盲点だった、「ファーストエイド」という領域に救急看護学会が目を付けてくれたのは、快挙と思います。

ナースのためのファーストエイド、ということで、興味を持ってくれる人が増えるはず。


ファーストエイドって、実は医療従事者にとっても魅力的なはず。私はそう信じています。

ファーストエイドは、医療資源がない現場で自分の身ひとつと、その場にあるものを応用して、傷病者をアセスメントして、状況が悪化しないように最低限の処置を行い、医療機関へ引き継ぐ方法を考え、行動すること。

これって、医療職としては本質的な能力だと思います。

一切の診療器具や薬剤などに頼らず、自分の五感だけでどこまで判断し、行動できるか?

最低限そのことを知っている上で、オプションとして、例えば聴診器があったら、血圧計があったら、などを積み重ねていく、というのが本来だと思うんです。

ただすべての基礎となる身ひとつで、というのが、いまの高度に発達した医療の中では忘れられています。

それが、ファーストエイドには残っている気がします。

日本のファーストエイドは、Basicしかありませんが、北米の Advanced First Aid や、Wilderness First Aid(野外・僻地救急法)では、かなり突っ込んだフィジカルアセスメントまでも教えています。(胸に直接耳を当てての聴診なんてはじめて体験しました!)

きっと、途上国での医療では、日本の病院医療より、そういった高度なファーストエイドの方が実践的で使えるんだろうなという気がします。

文化や地域・国に左右されない本質的な医療人としてのスキル。

私はそんなものに憧れてしまうんですよね。(きっと若い頃のアウトドア歴や海外での体験が大きいのだと思います)



さて、そんな私なりのファーストエイド観から見た日本救急看護学会のファーストエイドコースについて、次回は書いてみようと思います。

最終的には、ファーストエイドに興味がある人はどうやってそれを勉強したらいいか、という話もしたいなと思っています。

ファーストエイド、実は相当奥が深いです。

出口の見えない鬱蒼としたファーストエイドの世界へようこそ、ということで今回はおしまい。
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2010年09月12日

速乾性アルコール製剤の擦り込み〜手指衛生の落とし穴

「一処置一手洗い」

病院勤務の医療者にとっては常識。

「感染対策は手洗いから」

これも常識。


こまめな手洗いがもっとも効果の高い感染対策と言われています。




なんですが、、、皆さん、実際にできてます?


「一処置一手洗い」はベッドサイドに水道がある訳じゃないから難しいよねぇ、ということで、最近は擦式アルコール製剤を使った手指衛生が一般的になってきました。

手に目に見える汚れがない限りにおいて、擦式アルコール製剤の手指衛生は流水と石けんでの手洗いより同等以上の効果があるとされ、CDCガイドラインでも推奨されている方法です。

これによって、臨床での一処置一手洗い(一処置一手指衛生?)は、「絵に描いた餅」ではなく、実行可能なものになったはずですが、実はいくつかの問題があって、あまり有効には行えていない可能性が大です。

ひとつは、擦式アルコール製剤の正しい擦り込み方があまり認知されていないという点。

これは最近、うちの病院でやった被験者1000人弱での調査なのですが、ブラックライトで光る蛍光物質をアルコール製剤に見立ててもらって塗り残しの調査をしたところ、半数以上の人で塗り残しを検出。

いわゆる洗い残しの好発部位を中心に、それは見事に塗れていませんでした。

手洗いの代わりにアルコール擦り込みでいいよ、とは言っているものの、正しく塗れていないんじゃ意味がない。ゆゆしき事態です。

普通の流水での手洗いに関しては、指先や指の間、親指、手の甲を意識した手洗いの動きができているのですが、アルコール擦り込みとなると、それがすっぽ抜けるようで、サラッと手の平に馴染ませるだけの人がほとんど。

流水による手洗いに代わる物としてのアルコール製剤擦り込み、という意識付けが足りないようです。

そこで、正しいアルコール製剤の擦り込み方をPRする作戦を計画中。

そんなときに Twitter で情報が流れていたこちらの動画。

ジュネーブ大学の手指衛生啓蒙ビデオのようです。




センスが良いですよねぇ〜。

日本人が作ったら、説教調の堅苦しいものになっちゃいそうですが、こいつはさすが!

アルコール製剤を擦り込むのにも、流水手洗いと同じような手の動きが必要だという点がイヤでもインプットされるはず。

それともう一点のポイントは、採血する場面など、何度もアルコールを擦り込んでいる場面。

こまめな手指衛生とはいうけど、この程度のこまめさ、というのも印象的に映るはずです。

ここまでやろうと思ったら、病棟の入り口や包交車に擦式アルコール製剤のボトルを置いておくだけでは難しいという点にも気づいて貰えたら、、、

動画のように小さなボトルを個人持ち、というのが理想ですね。


これを感染対策委員会で提案したことがあるのですが、コスト的な問題で却下されました。

いまや100円ショップでも小さなプラボトルのアルコール・ローションが売られている位だから、大量購入でそれほど高くはないと思うのですが。中身は面倒でも個人で詰め替えという形にすれば、どうかなぁ。


携帯用の手指アルコール製剤各種
↑左は100円ショップ製品。右はAHAで買ったスプレー式。胸ポケットにさせて便利。

この動画でPR後、改めて提案してみようと思います。


追記:この動画をダウンロードしたい場合は、下記のページからWMVやAVI形式でダウンロードできます。

http://vigigerme.org/videos/
posted by Metzenbaum at 11:43 | Comment(5) | TrackBack(0) | 看護師スキルアップ
2007年12月15日

看護師の業務拡大

看護師の業務拡大を巡って、すごいニュースが飛交っているようですね。

<規制改革>医師負担軽減で看護師の薬処方解禁…医療分野案

 政府の規制改革会議(議長・草刈隆郎日本郵船会長)が2次答申に向けまとめた医療分野の規制緩和策の原案が6日、分かった。
 最優先課題に医師不足対策を掲げ、医師の負担軽減のため看護師などが行える医療行為の範囲を広げる法改正を08年度中に実施することなどを盛り込んでいる。
 また、医療従事者の派遣解禁や、入院日数短縮のため、患者がいくら入院しても病院には一定の報酬しか払わない「定額制」導入も明記した。
 今月下旬をメドに最終案をとりまとめる予定だ。

 答申は医師以外の医療従事者も医療行為ができるように医療関連法を改め、勤務医の負担を軽減するよう求めている。

具体的には
(1)看護師による感冒、便秘、不眠、高血圧、糖尿病などに対する検査、薬の処方
(2)助産師による正常分娩時の会陰切開、縫合
(3)訪問看護における看護師による死亡確認や薬の処方
などの解禁を挙げた。

 医師の派遣については、06年4月から産休の代替要員としての派遣のほか、へき地への派遣が認められたものの、解禁はされていない。
 また派遣元、派遣先とも医療機関に限定している。
 答申は07年度中に労働者派遣法の政令を改正し、禁止業務から医療従事者を削除することで、派遣業者でも医師や看護師を派遣できるようにし、派遣先も医療機関に限定しないようにすべきだとした。
 医療従事者がボランティアで救命手当てをした場合、事故が起きても免責されるよう08年度までに法整備することも指摘している。

 また、入院医療費削減のため今の「1日単位」の定額制を改め、「1入院単位」とする「診断群別定額払い方式」を07年度中に導入。
一律の医療費を治療結果によって変える「医療の質に基づく支払い」(08年度検討開始)、医療機関に病気ごとの治癒率などを公表させ、患者が病院を選択できる情報公開(07年度検討)なども盛り込んでいる。
 同会議は、混合診療の解禁についても検討しており、最終的に答申に盛り込む方針だ。

「医療従事者の役割分担の見直し」については、政府の経済財政諮問会議も検討するよう求め、厚生労働省は年内に結論を出す。(12月7日2時31分配信 毎日新聞)



「看護師による感冒、便秘、不眠、高血圧、糖尿病などに対する検査、薬の処方」を認めるというのにはびっくり。日本の看護師もやがてはアメリカのナース・プラクティショナー Nurse Practitioner 並になるのかなという期待はありましたが、まさかこんなに早く現実問題として議論されようとは驚きました。

こういう話ってだいたいは日本看護協会が反対して潰れるのが常なのですが、今回はどうなんでしょう?

私としては看護協会のようながっちりとした職能団体が確立していない救急救命士の方が、今後業務拡大を続けていくんだろうなと予想していたのですが、この展開はほんと驚きました。

ナースに検査・処方を認めるってすごいことだと思いません? 当初は感冒程度という限定付きですけど、この大きな関所を突破すれば後は時間の問題です。

これが良いことなのかどうかについては触れるつもりはありません。

現在の看護師教育内容からすると、明らかにオーバースペックなのは事実だと思います。

こんな制度が現実のものになるとしたら、恐らく3年制専門学校で看護師免許を取るという道は完全廃止になるでしょうし、4年制の看護大学も6年制へ移行という流れが出てきてもおかしくないと思います。

あとは既得の看護師免許保持者に対する教育をどうしていくのか?

なんだか看護界もおもしろいことになりそうです。


追記:心肺蘇生インストラクターをしている立場から言えば「善きサマリア人法」の日本版が作られようと言う動きも大歓迎です。ただし、医療従事者が、、、という限定詞がつくのがちょっと疑問。市民に関してはもともと免責があるから、という意味なのかなぁ。その辺が実はとっても重要なんですけど、、、
posted by Metzenbaum at 02:29 | Comment(4) | TrackBack(0) | 看護師スキルアップ
2007年09月26日

「有能なナースは世界を目指す!」

私、看護師になるまえにトータルで2年ほど、海外をフラフラしていたことがあります。いわゆるバックパッカーというやつなのですが、行く先々では驚くほどたくさんの日本人看護師バックパッカーと出会いました。

当時、私は看護師になろうなんて思ってもいませんでしたから、別に医療系のニオイをかぎつけては声をかけていた、なんてことはありません。 ← このまえ行った自衛隊横須賀基地ではそんな感じでしたが(笑)

たまたま安宿などで出会って話をしていて、あ、この人おもしろいなと感じたり、活き活きしていて素敵だなと思って、深く話をしてみると「実は、私、日本で看護婦してたんですよ」なんていう人が、とても多かったんです。

最初は偶然かなと思いました。でも長く旅を続けていくうちに、次第に「これは偶然なんかじゃない」と確信するようになりました。

だって、ホントそうなんですよ。私が旅先で出会った日本人で、いまだに交流が続いている人って、ほとんどが看護婦か薬剤師さんです。

ふつうのOLと違って資格職ですから、再就職に困らないというのも長期旅の看護職者が多い理由のひとつかもしれません。

それも看護師という仕事の強みなのだと思います。生活に困るようなぎりぎりのお給料だったら、他のことに目を向ける余裕なんかも出てこないですよね、きっと。

とにかく海外で出会ったナースたちは活き活きとしていました。

バックパッカーの世界ってそうなのですが、長旅になると疲れてきたり退廃していく人も少なくない中、貪欲なまでにいろんな物事にチャレンジして、新しい世界に飛び込んでいくという姿勢は看護師に多い特徴だったと思います。

ある意味、日頃のストレスを発散していたのかもしれませんが、そうした海外での経験を後日、形にしている人もたくさんいます。

私の知り合いの中でも、そのまま現地でナースの資格を取って永住してしまった人や、医療通訳になったり、ライターとして活躍したりという人が何人もいます。最近でも、とあるハリウッド映画のエンドロールに知り合いナースの名前を見つけました。ロケ現場の救護所専属看護師として働いていたそうです。

そんな旅先で出会った魅力的なナースに影響されて、私も看護の世界に飛び込んでみたわけですが、正直、看護学校時代や、働きはじめてからも、「なんか違う」、と感じています。

あの海外で知り合った看護師のようなアグレッシブで、なにかを開拓していこうというような空気が日本の看護界からはまったく感じられないんです。

自分自身を看護の世界に置いてみて、時がたつにつれて、ようやく私が最初に海外で出会ったナースたちの影響で抱くようになった「看護師像」というのは、ある意味特殊なものだったんだなと気付くようになりました。

看護師の中でも、あえて海外に行こう! と思うような人たちはほんの一握り。
いや、そう夢に思い描く人は多いかもしれないけど、実際に行動を起す人は少ない。

看護の仕事は過酷だしストレスも多いでしょうけど、楽といえば楽。
一度資格さえ取ってしまえば、贅沢さえ言わなければそこそこの生活ができるのですから。

そんななか、わざわざ海外に飛び出そうというのは、相当勇気というか決断がいることだと思います。パワーもいります。そういう自分の中のハードルを乗り越えた人たちだからこそ、あそこまでの積極的な行動力があったのだろうなと思うんです。



最近、とある人から聞いたのですが、産業心理学とか組織心理学という領域があるそうです。それによると各職種毎の組織の作り方や意識の持ち方には特徴があるそうで、専門職というのは、その職域内でピラミッドをつくって、自分たちの世界の中で上へ上がろうとするシステムを作りやすいのだそうです。自分たちの世界の中で自己完結しているというか、他の世界に評価基準を求めないというのも特徴のひとつ。

そういう世界では、上が作った基準や目標を目指すことにはただならぬ興味を示すけど、自分たちではなにかをつくり出そうとか、新しい価値基準を開拓しようという意識に弱く、全体がコントロールされやすく、組織としては強固な結束になる。

日本の看護界もまさにそうですよね。

これは言い過ぎかもしれませんが、古風な日本の看護の枠に収まりきらなかったオリジナリティのある人、リベラルな人たちが海外へ流出していったのでは??

昔読んだ片岡義男のエッセイに、有能な日本人はみんなやがて日本を離れてしまう、というような話があったのを思い出しました。

◆  ◆  ◆  ◆  ◆


なんでいきなりこんな話をしたのかというと、このまえ職場の親しい友達(ナースです。年下ですけど)が今度、仕事を辞めて海外に行くことを考えているという話を聞かされたから。

いままで一緒に勉強会を開いたり、業務改善・企画を立ち上げて活動したりと、今の自分にはなくてはならない存在だっただけに、正直ショックでした。

でもよく考えたら、海外に行きたいという話は、なんでも応援しなくちゃいけないなという気持ちになってきました。だって私が看護師になろうと思った原点はそういうところだったのですから。そんなことを考えながら、ツラツラと綴ってみました。

まとまりのない文章で恐縮ですが、これからなにか新しいことをはじめようという人への応援メッセージになれば、幸いです。

与えられたレールを忠実になぞるのも道
自分で切り開いていくのもまた道

自分の固定概念をひっくり返す、そのきっかけとしての海外経験は絶大です。
そこでなにが見えてくるのか? 掛けてみるのもおもしろいですよ。

海外へ行くことに限ったことではありませんが、なんにしても理由なんか後から自然についてくるものですから、まずは思いきってみるのはどうでしょう?

せっかく看護師免許という自由へのパスポートを手にしているわけですから、それを活用しない手はありませんよね。
posted by Metzenbaum at 00:20 | Comment(24) | TrackBack(0) | 看護師スキルアップ
2007年09月23日

X線、CT、MRI ―ナースが診る画像の知識

掲示板で何度かリクエストをもらっているものの、私自身が勉強不足で取り上げられていない「課題」に画像診断があります。

X線やCT、MRI、造影など、手術室のシャーカステンにはいろいろな写真が架けられます。それらが読めたらいいなとは、オペ室ナースなら誰もが思うはず。

私自身、画像診断については看護学校での放射線科の講義以外は誰からも教わったことはありません。病院内の勉強会でもそういうのは開かれたことないみたいだし、いずれは独学しなくてはと思っていたのですが、雑誌「月刊ナーシング」2007年10月号にちょうど良い特集記事がありました。

月刊ナーシング2007年10月号
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「特集:ケアに活かす画像の知識」

きっと、ホントの基本の基本しか書かれていないのだと思いますが、画像の知識がほぼゼロの私はちょうど良い内容でした。なにせCTの輪切りは頭方向から見ているのか足方向から見ているのか、そんな基本的なことすら知らなかったほどですから(^^ゞ

私も含めてまったくの初心者にはお勧めの特集記事です。
いま書店に並んでいる最新刊なので、興味がある方は本屋に行った際にチェックしてみてください。
posted by Metzenbaum at 21:50 | Comment(3) | TrackBack(0) | 看護師スキルアップ