手術室に配属になって、初めて
電気メスを見たとき、ちょっと意外な気がしました。だってイメージとぜんぜん違ったんですもん。

電気メスと言うからにはいかにも「メス」っぽい形をしているのかと思ったら、意外や意外、安っぽいプラスチックのスティックにぴょこんと金属端子が飛びだしているだけのシロモノ。勝手に、もっとカッコイイものをイメージしていただけに、なんだかがっかりでした。
現代手術室では、どんな手術でもなくてはならないくらいにポピュラーな道具、電気メスですが、どういう仕組みで切れるのか?、凝固モード、切開モード、スプレーモードの違いなど意外と知られてないような気がします。
手術室にいるとあまりにあたりまえすぎて、日頃あまり意識していないME器機 『
電気メス』 について取り上げてみようと思います。
◆ 電気メスの仕組み
電気メスの先端を見てみると、どう見ても「刃」という形はしていません。ただの金属の薄い板で、研いであるようには見えない。スイッチを押さずに皮膚をひっかいたところであたりまえのように切れません。
それでは、いったいどういう仕組みで切れるんでしょう?
一般に電気メスという言い方をしますが、高周波電気メスという言い方をしたほうが正確かもしれません。電気メス本体の中で、高周波の強力な電気を発生させて、それを電気メスの先端から人体に流すという仕組みになっています。
要は感電させているのと同じわけですが、あえて高周波を使っているというのがミソ。例えば普通のコンセントの電気を人体に流すと、ビリビリっというショックを感じて、下手すると死んでしまいます。コンセントの電気というのは、50Hzとか60Hzという低周波で、一秒間に50回、プラス・マイナスが入れ替わる交流波になっています。
50Hz程度の周波数では、人体の神経系が過敏に反応してしびれたように感じてしまうのですが、このプラス・マイナスが入れ替わる回数を桁違いに増やしていく(高周波にするということです)と、人体の神経系にはほとんど影響しなくなります。
で、高周波になると分子レベルでの影響力が強くなり、主に水分子へ激しい揺さぶりを掛ける作用が強くなって急激な加温効果がでてきます。つまり電気メスの電極を接触させた部分の人体組織内の水分子が激しく振動するため熱が発生、瞬間に数百度に熱せられた水分は爆発するように蒸発し、そのときに周りの組織を一緒にはじき飛ばす、よって電気メスを当てた部分の組織が切れるというわけです。
よく勘違いしている人がいますが、
電気メスの先端が熱くなって、熱で焼き切っているわけではないんです。熱くなるのは人体組織そのものなんですね。
言ってみれば、電気メスの仕組みは電子レンジと同じようなものです。電子レンジの中が熱くなるわけではなく、熱くなるのは食材だけ。不思議に思った人はいませんか? あれは、高周波の電磁波を食材に当てることで、食材内の水分子に揺さぶりを掛けて、食材自体が内部から摩擦熱で熱くなるように働きかけているんですね。水分子が含まれない陶器やプラスチックなどが熱くならないのはそのためです。
◆切開モードと凝固モード
電気メスにはふたつのボタンスイッチが付いています。普通電気メスを使うのはDr.ですから、我々はあまり意識していませんが、電気メスには、切開と凝固というふたつの使い分けがあります。切開(cut)モードというのは、先ほど説明した高周波を連続して発生させるモードです。高周波エネルギーによって、人体組織は瞬間にして数百度に熱せられますので、体内の水分が瞬時に気化して蒸発します。あまりに一瞬のことなので、ほとんど小爆発と言っていいくらい。その爆発によって組織が一緒に吹き飛ぶので、見た目的には切れたようになる、これが切開モードです。サクサクと切れていく反面、血はダラダラと出てきます。なぜなら、あまりに瞬間的すぎて、周りの組織を焦がすような作用はまったくないんですね。
凝固(coagulation)モードというのは、やや弱めの高周波を断続的に発生させるモードです。切開モードでは、瞬間的に数百度に熱せされるため、組織がはじけ飛んでしまい、焦げることはないと言いました。凝固、すなわち止血作用を持たせるためには、温度が数百度まで上がらないように100℃程度に抑えればいいわけで、そのために弱い出力を断続的に発生させて、組織の温度が約100℃をキープできるように調整しています。(ちょっと余談ですが、組織を100℃程度に加熱すると凝固(止血)できる仕組みは、ゆで卵の原理と同じです。人体組織は卵と同じタンパク質でできていて、タンパク質は70℃〜100℃くらいで変性を起こして固まるという性質があります。)
このように電気出力の出し方を変えることで、同じ電気メスに切開と凝固の両方の機能を持たせることができるわけです。
実際のところ、純粋な切開モードで電気メスを使用することはあまりありません。ただ切れるだけで、それだったらメスで切ってもあまり変わりないわけですから。わざわざ電気メスを使うのは、止血しながら切れるという恩恵にあずかりたいわけで、そのためにあるのが、切開モードのなかのブレンドモードです。(本体側の操作パネルで設定します)
これは高周波の断続具合をコントロールして、凝固させながら組織を切れるように調整されたモードです。電気メスの出力設定をするときに、pure ではなく、blend を選択するのはそのためです。pure というのは純切開で、まちがってこのモードにしておくと、切れば切るほどドバドバと血が出てくるので、すぐにDr.に「おかしい!」と言われると思います。

【電気メス本体の設定パネル】 左より、cut というのが切開モードの出力設定。下の方に Pure と Blend の切り換えスイッチがある。通常は Blend モードで使用する。coag は coagulation の略で、凝固モードの出力設定。
◆ 電気メスを安全に使うためには
以上、下手な説明ではありましたが、電気メスの仕組みと、凝固/切開モードの違いについてご理解いただけたでしょうか?次にお話しするのは、電気メスを安全に使うために知っておきたい事柄です。
いちばん重要なのは、やっぱり
対極板についてでしょう。
電気メスを使うときには、対極板が必要です。
なぜか? 理屈は簡単です。電気にはプラス・マイナスがあって、ふたつの線を繋げてやらなければ使えないからです。小学校の頃の豆電球の実験を思い出してみてください。電球をつけるためには必ずふたつの線を繋げなければいけませんよね。

電気メスのふたつの線というと、ひとつは電気メスの刃先で、もうひとつが対極板というわけです。電気メスの先から人体に流れ込んだ電気は、対極板を伝って電気メス本体に戻っていきます。対極板がなければ電気が流れるためのループができませんので、電気メスは使えません。
ただ使えないだけならいいのですが、実際は対極板を使わなくてもたぶん多少は切れます。どうしてかというと、手術台を通して電気が地面に逃げる働きがあるために多少は電気が流れてしまうんですね。
ただし、この場合、正式な電気ループが形成されていませんので、電気抵抗が非常に大きく、余計な熱を発生させる危険があります。特に手術台の金属部分に患者の体が触れていると、そこから電気が流れ出ていき、その接触部分にヤケドを形成する可能性があります。
おなじようなことは対極板が正しく貼られていない場合にも起こり得ます。体毛が多くて対極板の接触面積が小さい場合、対極板を貼っていた部分に発赤や熱傷が生じる場合があります。
ですので、対極板を確実に貼るというのが、電気メスを安全に使う上での最大のポイントです。最近の電気メスは、対極板の電極を刺さない限りエラー音がなって、電気メスが使えないように安全対策がなされています。それを有効に活かすためにも、対極板は、患者さんの体に貼った後で、コードを本体に接続するという手順を守ることも重要です。最初から電極コードを本体に繋げてしまうと、貼り忘れがあってもエラー音は鳴らず、とりあえず電メスは使えてしまいますので、とっても危険。
さらに細かい話をすれば、対極板を貼るのは脂肪組織が多い場所(臀部、腹部、大腿、ふくらはぎ)にするとか、消毒で濡れてしまう可能性があるときは防水テープでシールする、コードは束ねたり、ループ状にしないなど、電メスを安全に使うポイントはいくつかありますが、省略します。もし詳しい話を聞きたいということでしたら、リクエストいただければ、また書きたいと思います。
◆バイポーラとは?
最後は、電気メスの一種であるバイポーラについて少しお話ししておきます。バイポーラも仕組みは基本的に電気メスと同じです。凝固モードに特化させて、2本端子になっている点を除けばまるきり電気メスと同じです。たいていの電気メス本体は、バイポーラを繋げるための端子も付いてますよね。バイポーラ鑷子は、鑷子の先がふたつの電極になっていて、その間に電気が流れます。なので対極板は必要ありません。バイポーラ鑷子の先でつまんだ部分にだけ電気が流れますので、ピンポイントでの止血効果があります。バイポーラは止血効果を期待してのものなので、バイポーラ・コアギュレータという言い方をする場合もあります。先ほどもちらっと書きましたが凝固のことを英語でコアギュレーション coagulation といいます。凝固させるという意味の動詞であるcoagulate + er でコアギュレータ。余談になりますが婦人科手術などで腹腔内で固まった血餅のことを"コアグラ"なんて言い方をしますが、これも同じ語源です。

最後にまた用語に関するウンチクですが、バイポーラ bipolar のbiというのは、「ふたつの」という意味の接頭語です。二ヶ国語を話せる人のことをバイリンガル bilingual なんていいますよね。ポーラ polar というのは日本語にすると「極」です。北極のことをNorth Pole、南極をsouth poleと言いますが、この場合は電極という意味です。つまりバイポーラ=「ふたつの電極」。
ふつうの電気メスのことをモノポーラという言い方をするのを聞いたことがあると思いますが、monoというのは「ひとつの」を意味する接頭語です。ステレオ音声にたいしてモノラルなんていいますよね。(J&J社の縫合糸、モノクリルとバイクリルもおそらく同じ由来だと思います。)
このことからも高周波切開凝固装置には、モノポーラとバイポーラがあって、モノポーラはもうひとつの電極である対極板が必要であって、通称電気メスといえばモノポーラのことを指す。そんなふうにご理解下さい。