2008年02月05日

義務としての心肺蘇生・AED

心肺蘇生法とAEDに関しては、このブログの中でもかなり以前から取り上げています。このブログをスタートさせた2006年当初は、まだAEDが物珍しい感じでしたが、今ではすっかりと市民権を得て、まるで別世界に来たかのような印象すらあります。

AEDが爆発的に普及してくれたのはとてもうれしいことなのですが、当初から心配していたことがいよいよ起きはじめています。

『胸に打球、救命措置遅れ後遺症と県を提訴』(2008年1月9日:信濃毎日新聞)
『中国・昆明の高地トレで死亡 両親が日体大を提訴へ』(2008年02月03日:朝日新聞)

前者は高校野球の練習試合で直球を胸に受けて心停止に。生徒がすぐに心臓マッサージをして駆けつけた救急隊員の除細動で心拍再開。しかし後遺症が残ったという事例。

『原告側は、野球では球が当たることやそれによる心臓振とうは予測できたのに、引率教員は自動体外式除細動器(AED)を持ち運ばず、救命処置が遅れたと主張。代理人は「胸に打球を受けて倒れた場合、心臓振とうとみて、引率者が人工呼吸や心臓マッサージなどをすべきだったのにこれをせず、安全配慮義務を怠った」としている。』(2008年1月9日:信濃毎日新聞)

後者は、大学水泳部の強化合宿として高地トレーニングの練習中にケイレン発作が出現。コーチと部員が心臓マッサージと人工呼吸を試みるも3時間後に死亡が確認。

『高所での潜水は危険が伴うとされる。だが同部は合宿前に心肺蘇生法の講習を開くなどの対策をとらず、心臓の動きを正常に戻すため電気ショックを与える自動体外式除細動器(AED)を携行していなかったという。代理人は、事故直前のタイムが普段よりかなり遅かったのにメニューが中止されなかった▽プールから引き揚げ後すぐに心肺蘇生が実施されなかった――といった部員の証言もあると指摘。危険性の周知▽体調管理▽救助体制の整備などの安全配慮義務を怠ったことが事故を招いたと訴える。』(2008年02月03日:朝日新聞)


いずれも「適切に心肺蘇生が行なわれなかった」、「AEDの準備や訓練が行なわれていなかった」というのが、訴訟の争点となっています。立場・状況的に注意義務を問う内容です。

2008年に入ってにわかに目立ちだしてきたこの手の訴訟ですが、その是非や問題点はいろいろありますが、少なくとも私たち医療従事者はこうした世の中の流れを見て、身を引き締める必要があると思います。

ナースなんですから、当然AED、使えますよね?
正しい効果的な心肺蘇生ができますよね?

これが世間の目です。

内情を知っている人は、看護師養成カリキュラムにきちんとしたBLSが盛り込まれていないことは承知しています。でもそれは世間の人からすると相当ビックリな事実かもしれません。ナースは医療の心得がある専門家。看護師にとっては心肺蘇生なんて常識として身についているもんだと信じているのだから。

そういう世の中の大前提がありますから、医療従事者の場合、かなりシビアです。
ただ無我夢中でCPRをすればいいというわけではなく、その質が問われる可能性が高いと考えられるからです。

ナースでありながらAED講習を受講していなかった、ゆえに適正な対処ができなかったとなったら問題でしょう。

AED自体は音声メッセージで指示を出してくれますから、まったくはじめての人でも電気ショックを掛けることは可能です。でもショックだけじゃ助からない。効果的な胸骨圧迫があってこそはじめて「蘇生」が成立します。

頭でわかっているだけじゃダメ。体が動かなくては。
わかることとできることは別ですから。

医療関係者であれば、自動体外式除細動器(AED)ではなく、より高度な手動式除細動器を取り扱うこともあるでしょう。でも、手動式の機械が使えるからといって、AEDトレーニングが不要とは思いません。

例えば、解析後、「ショックは不要です。必要ならCPRを続けてください」と音声メッセージがでる場合がありますが、訓練を受けていない人はどうしたらいいか戸惑う可能性が大です。心電図モニタが付いていれば、サイナスに戻ったのか、心静止なのかわかりますが、普通のAEDには心電図モニタ画面は付いてません。このあたりの理屈は、きちんとAED講習を受けてガイドライン2005の勉強をしていないと、わからない部分じゃないでしょうか。


市民が善意で行なう心肺蘇生と、医療従事者が行なう業務としての心肺蘇生は、根本的に違うと私は考えています。

日本ではこれまで心肺蘇生というと「善意の行為」ばかりを前提としていて、義務・業務という視点で心肺蘇生を捉えることされてこなかった気がします。医師の世界では多少はあったのかもしれませんが、看護師レベルでは皆無といっていいと思います。

市民として求めれているレベル、医療従事者として求められているレベルというのを自覚している必要があるでしょう。

例えば、市民レベルの心肺蘇生講習では、口対口人工呼吸しか教えません。

でも、医療現場で口対口人工呼吸をするかといえば、まずあり得ない。

というかむしろ不用意に直接の口対口人工呼吸なんかしたら、極論を言えば医療従事者失格です。

にも関わらずナース向けと銘打っているCPR講習でも、いまだに口対口人工呼吸しか教えない場合もあります。

じゃあ、どうしたらいいのか? フィジカルアセスメントと状況・優先順位を考えて、通報後、胸骨圧迫だけをするのもひとつの判断だし、手近なところにある(はずの)バックバルブマスクを使って換気するというのがベスト。ただし胸骨圧迫の開始を遅らせるべきではありません。現実問題としては、通報して応援と資器材が到着した後になってからバックバルブマスク換気を開始するというパターンでしょうね。

滅多にあることではないとはいえ、医療の専門家である以上、市民向けコースで習うようなひとり法のパターンしか知らないというのは問題だと思うのです。

そこで私は声を大にして言いたい。

看護師であれば、医療者のたしなみとしてAHAのBLSヘルスケアプロバイダーコースか、日本救急医学会のICLSコースを受講してください、と。

数年前には研修医には「義務」となりました。内科系認定医取得にも必須ですし、この流れは間違いなく看護師にも下りてきます。

アメリカのように、2年毎に医療従事者向けBLSコースを修了したという証明がないかぎり、就労を続けられないというような世の中になるのも時間の問題かもしれません。

最近は病院の中にも、廊下など誰でも取り出せる場所にAEDを設置するケースが増えてきました。そんな病院に勤務する医療スタッフがAEDの使い方の訓練を受けていなかったなんてことは許されないでしょう。


今回、続いて報道されたAED訴訟、最初はAED普及にブレーキをかけるものになるのでは? という気もしましたが、いまは好ましい傾向だと考えるようになりました。

AED訴訟が起きているからと言って市民の人が躊躇する理由はまったくないと思います。自信がなくてもいい、結果を恐れることなく、手を出してほしい!

訴訟で問題になっているのは、いずれも注意義務があると考えられる立場の人・法人であるという点は理解しておくべきです。

こうした訴訟をきっかけに、これまでは善意のCPRしかなかった日本社会に、ふたつの棲み分けが確立していくことになると思います。

つまり善意で行なう市民のCPRと、職業上・立場上の義務から行なうCPR。
前者は悪意がないかぎりは免責されますが、後者は一定水準の技術提供義務が発生し、当然定期的な技術維持が求められる。

医療従事者はもちろん、教師やスポーツ系の指導者、ツアコン、警察官などなど。

こういった職務上、蘇生に携わる可能性がある人たちは多いに焦った方がいいと思います。

いまは両者がごっちゃになっていますが、明確な区分がされていけば、市民が訴訟を恐れて尻込みすることなく、それでいて、責任ある立場の人たちは自信を持って手出しすることができるようになるのではないでしょうか?

いずれにしても問題は、善意のCPRと義務のCPRがないまぜにされていること。
今後の社会的成熟に期待したいと思います。
posted by Metzenbaum at 22:47 | Comment(11) | TrackBack(0) | 救急蘇生 (BLS、ACLS)
この記事へのコメント
長いけど最後の文章に凝縮されてますね

業務と善意を混同しない

業務の人は資格を取ってから就労して欲しい
だめならFA+CPR義務化だね 2/15でもすごいと思うよ
Posted by hidemd at 2008年02月06日 00:24
hidemdさん、さっそくのコメントありがとうございました。

長い、、、ですよね。
推敲、ほとんどしてません。
書いているうちにどんどん話の収拾がつかなくなるのを感じつつも、そのままアップしちゃいました(^^;

ボチボチと手直し&シェイプアップしていきます。。。
Posted by 管理人 at 2008年02月06日 00:38
私たち看護師は、心肺蘇生に対して「プロ」であるべだと考えます。
わかることと、できることは違うということを何度も読み返しました。経験年数に関係なく、「ベテラン」だからこそBLS・ACLSの知識、技術を習得するべきだと考えます。当手術室でも少しずつですが普及活動を行っていきたいです。。。
Posted by レフティ at 2008年02月06日 21:14
こんばんは。以前にコメントコメントをさせていただいた事がありましたが・・・
先月BLSを受講して来月ACLSを予定しています。
BLSに参加して今まであんなに胸骨圧迫を必死でした事がありませんでした。恥ずかしい限りです・・・
BLSの重要性は勿論の事ですが看護師は誰でもできるのか?できないんじゃないの?ってことを感じました。日常の業務に埋もれてしまってるような気もします。きちんとした訓練(講習)を受けなければ無理なんじゃないでしょうか?
いずれはBLSやICLSが必須って事になるような気がします。

ここにお邪魔し始めていろいろな事を教えていただいて自分の納得いく事をしたいな〜って思い始めました。ACLSもそうですが勤務先では何の評価もしてはくれませんがそれでも自分のやりたい事をしていきたいと思ってます。
やる気を与えてくれて感謝!です。
Posted by midorimusi at 2008年02月06日 22:03
レフティさん、ナースは蘇生のプロであるべき、私も強くそう思います。
でもなぜかそういったときに、ナースの中にもいい顔をしない人がいるのは事実。実は今日、自分の病院の中でもそんな場面に遭遇しました。「AEDなんてやっかいなものが入ったから責任が重くなっちゃったんだよ」みたいなセリフ。私が知るかぎりそのナースはAED講習は受けたことがない人です。

考え方は人それぞれで、職場を離れた個人としてそのスキルを活かすかどうかは自由ですが、ナースという職業に就いている以上、倫理的な責任があると思うんですよね。いまはあくまで倫理的な責任です。でも、じきに法的な責任にもなっていくはず。というか、まっとうなナースであるなら、法で勧告されなくても必要性を感じて自主的にどうにかするべきことだと私は思うのですが、なかなかそういうわけにも行かないようです。

midorimusiさん、BLSに続いてACLS、いいですねぇ、応援しています。
ACLSを受けると、きっと今以上にBLSの大切さと意味が実感できるようになるはず!

看護師が誰でもBLSができるか? 私は「できない」のが現実だと思っています(断言)院内スタッフ全員にBLSを修得してもらうために、月に4-5回ペースで院内BLSコースを初めて1年になるのですが、みんななにかしらの経験は持っていても、現状のガイドライン2005に基づいた効果的なCPRはまずできません。数ヶ月以内にAHA-BLSコースを受けたという人くらいでしたね。事務スタッフなどにも教えているのですが、正直、レベルはさほど変わらないというのが現実です。残念なことに心室細動と除細動の仕組みを理解している人も思ったほど多くはありませんでした。あとは知識はあっても、やっぱり体が付いていかないとか。そういった意味で、ナースが受ける講習としては市民向けじゃなくて、医療者用コースじゃないとダメな気がします。

今のところ、意識の高い人たちの自己研鑽にしかなっていませんが、法制化されるのは思ったより早くて、もしかしたら何年もかからないような気がしています。ハワイ州ではACLS Providerだと、給料が時給で$1違うなんて話も聞いたことがあります。日本もそのうちそんな感じになるんじゃないでしょうか。
Posted by 管理人 at 2008年02月07日 02:26
こちらのBlogには初参戦です。

AHAの活動を始めて思ったのは色々ありますが、一般市民の目からしてDrでもNsでも、CPRはできて当たり前のものだと思ってました。それがふたを開けてみたら…
今までBLSさえ知らなかった、ほぼ初体験だという人たちを見ると、「今までどうやって仕事してきたんだろうか?」と思ってしまいます。
まぁ、その人たちが悪いんじゃない、看護教育ってそこまで立ち遅れているんだな、我が国ってと思わざるを得ないです。

たしかに自分の配属先の病棟でよく見かける症例などは詳しいかもしれません。
でもCPRのような基礎の中の基礎を知らない人がなんと多いことか。

下手したら、Ns免許所持者に対するCPR実施可能者の割合より、全自衛官に対するそれの方が割合としてでかいのではないかな…。
Posted by バグダッシュ大佐 at 2008年02月08日 00:25
バグダッシュ大佐さん、メッセージありがとうございました。
一般市民の立場としての率直な意見、感謝します。
私は、こうした世間の目と医療者意識との乖離が大きな問題だと思っています。看護教育には大きな問題があるのは事実でしょう。でももっと問題なのは、看護師個々の倫理観というか、よく言えば世間知らずな甘い自覚だと思っています。

これは冗談半分でよくされる話ですが、医療界とは関係ない友達と歩いているときに事故だとか急変に遭遇したくないよねぇ、というナース間の世間話。「あんたナースなんだから行ってあげなよ」って言われるのが困るということなのですが、だからといってビクビクするくらいなら、自信をもって行動できるくらいに勉強しなよ、というのが私の考え。

確かに専門外の疾患のことはよく分からない。ましてやプレホスピタルの外傷なんて、インホスピタル職種のナースには異世界です。それは確かにわかるんだけど、でも心肺蘇生の場合、しっかりとアルゴリズムが確立しているんだから、それだけでもきちんとマスターしておこうよ、と思ってしまいます。

バグダッシュ大佐さんも以前に聞かれたことがある言葉かも知れませんが、身の回りの人が急におなか痛いと言い出したら、どうしたらいいのかはとっても難しい。冷やしたらいいのか温めたらいいのか、なにを観察したらいいのか....。でも意識不明の人を発見したらある意味ラッキー。確認することやるべきことは明確に決まっているから。世界中どこであってもそれは同じ。こんな簡単な話はありません。だから、これって「常識」にしちゃっていいと思うんです。ただいきなり日本の常識に、っていうのは難しいと思うから、せめて医療従事者の間だけでも常識になっていて欲しい。それは世間認識とのギャップを埋めるという意味でも早急に行なわなければいけないこと。誰がどうやって?? それが課題ですね。

バグダッシュ大佐さんに刺激されて、新しい記事をエントリーしてみました。

『「知っていること」と「できること」の違い』
http://or-nurse.seesaa.net/article/82908608.html
Posted by 管理人 at 2008年02月08日 02:18
ACLS受講して参りました。励ましていただいたのでまずはご報告を!

今回は17名受講されておりましてNs.は私一人でした。周りは全て内科医という状況の中少し肩身の狭い思いをしましたがチームの皆さんに助けられ無事終了できました。Ns.の中にだってACLSに興味ある人はいるのにDr.ばかりってのはちょっと納得がいかない気持ちです・・・

自然と胸骨圧迫か換気の担当になっちゃうんですよね〜
今回も思いっきり胸骨圧迫をしたので筋肉痛ですが・・・

取り合えずの報告でした!
Posted by midorimusi at 2008年03月23日 22:51
midorimusiさん、おつかれさまでした!

> Ns.の中にだってACLSに興味ある人はいるのにDr.ばかりってのはちょっと納得がいかない気持ちです・・・

きっと切実さが違うんだと思います。
内科認定医や循環器専門医になるには学会規定でACLS等の受講が義務になってますから、とにかく資格が必要なんです、彼らには。

AHA-BLSのインストラクターをしていても感じますが、医師は資格取得のために渋々参加しているという人が少なくありません。

それに対して、なんの義務もないナースの場合は、みんな本当に必要性を感じて勉強しに来ているのがはっきりわかります。

まあ、そんなもんなのかもしれませんよ。
Posted by 管理人 at 2008年04月08日 15:25
去年まではいつもこのブログを楽しく拝見させてもらっていたのですが、なかなか忙しく、本当に久しぶりに読ませてもらいました。そして、初めてコメントを送るのですが・・・。常日頃からいつも疑問に感じていることがあります。私の勤務する病院は公立病院ですが、田舎なので救急車も一日に3件きたらいいほうです。ですが、高齢者が多いので、CPAの方も多いのです。そして、そのたびにICLSを受けてきたNsがマニュアルどうりの手順で薬剤を投与したりしています。患者に話しかけることなく、周りのスタッフに大声で指示しながら・・・。管理人さんの言うとおり、Nsが技術を身につけるのはお給料をもらっているプロとしては当たり前だと思います。ですが、すべての患者さんにCPRをすることがNsにとっての義務なのでしょうか?
Posted by kei at 2008年04月19日 23:39
Keiさん、はじめまして。
コメントをどうもありがとうございます。

> すべての患者さんにCPRをすることがNsにとっての義務なのでしょうか?

蘇生のガイドラインを見ると、蘇生に着手しない場合、という項目が必ずあります。日本ではあまり一般的ではありませんが、アメリカ等では蘇生しないでほしいという意思表示のペンダント等を常日頃から身につけている人がいて、救急隊員なども最初の観察の段階で腕や首周りを確認して、こうした意思表示がないかを確かめてから蘇生行為に着手するという話もあります。

>患者に話しかけることなく、周りのスタッフに大声で指示しながら・・・。

これは心停止の患者に対する声かけという意味ですか?

それが不要とは言いませんが、VFの場合、一秒でも時間が惜しいという事実はあると思います。また、ICLSにしてもACLSにしても基本的にはDr.の視点で設計されたプログラムです。ナースの視点が入っていないという指摘はごもっともだと思います。その点では、外傷プログラムのJATECやJPTECに対して、JNTECというナース向けバージョンがとてもよい問題提起になっていると思います。

JATECでもJPTECでもなかったナースの視点として、患者家族に対する対応という点も盛り込まれています。

同じように、ナースによるナースのためのICLSやACLSというのが開発されてしかるべきなのかも知れませんね。
Posted by 管理人 at 2008年04月20日 02:23
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