2007年04月22日

ヨーロッパ蘇生協議会 ERCガイドライン2005(心肺蘇生法)

先日は、東京で開かれた日本旅行医学会の大会に行ってきたという話をしましたが、そこでの最大の収穫はなんといっても、ERCガイドライン2005の一端に触れることができたという点だと思います。

2008年には日本でもERCガイドライン準拠の公式BLSコースである"immediate life support"が受講できるようになるとか、、、。そんな話を含めてあれこれ書いてみようと思います。

◆ ERCガイドライン2005とは

ERCガイドライン2005 ― 初めて耳にする人もいるかもしれません。

これは2005年にヨーロッパ蘇生協議会 European Resuscitation Council(ERC)が発表した主にヨーロッパ諸国で採用されている心肺蘇生ガイドライン2005です。

ガイドライン2005というと、日本ではアメリカ心臓協会(AHA)がとりまとめたAHA版ガイドライン2005が有名ですが、実は心肺蘇生のガイドライン2005って地域ごとにいろんなバージョンがいっぱいあるんです。知ってました?

世界的に有名なのは、アメリカを中心に広く採用されているAmerican Heart Association(AHA)のガイドラインと、イギリスを中心としたヨーロッパで採用されているEuropean Resuscitation Council(ERC)のガイドライン。先頃発表になった『救急蘇生法の指針 2005 改訂3版―医療従事者用 (2005)』も言うなれば、日本版ガイドライン2005ということになります。

◆ 国際会議ILCORで国際コンセンサスCoSTRが作られて、各国ガイドラインが作られる

この辺の仕組みはちょっとややこしいのですが、心肺蘇生のやり方を世界的に統一しようとして開かれる国際会議がILCORと呼ばれています。世界各国の蘇生関連団体が一同に介してあれこれとエビデンスを持ち寄って検討。そのILCOR会議を経て出来上がった同意事項(国際コンセンサス)がCoSTRといって、これがガイドライン策定の根幹部分になります。

このCoSTRを各団体が持ち帰って、地元の事情を加味しつつ整理してガイドラインに仕上げて発表、というのが各ガイドライン策定作業の流れになります。数あるガイドラインの中で特に世界的に有名なのがERC版とAHA版というわけです。ヨーロッパではガイドラインといえば当然ERC版のことを指します。

◆ ERCガイドラインとAHAガイドラインの違い

さて、今日の話のテーマは、ヨーロッパ版のERCガイドライン2005なのですが、これが実は微妙なところでAHA版ガイドラインとは違っているんです。

根幹部分はCoSTRという国際コンセンサスによって統一されていますので、30:2とか、「強く速く」とかは変らないのですが、ILCORで議題に上がらなかった部分や全体の合意に至らなかった部分をどう処理していくかは各団体任せ。そこが微妙な差異となっています。

例えば、私が以前から気になっていた点なんですが、AHA版ガイドライン2005のBLSでは、正常な呼吸がなければ2回の呼気吹き込み後に胸骨圧迫をすることになっています。でもこれっておかしいと思いませんか?

以前のガイドライン2000を思い出してみてください。呼吸がなければ2回の呼気吹き込みをして、その後「息・咳・体動」という循環のサインを確認、それがなければ心臓マッサージでした。

つまり、息を吹き込むのには循環サイン確認のために刺激を与えるという意味合いがあったわけです。で、AHAガイドライン2005では、循環サインの確認は信憑性がないということで廃止されました。それなら呼気吹き込みも当然なくなるだろうと思いきや、なぜかしっかり残されています。

胸骨圧迫の重要性をときつつも、そのまえに呼気吹き込みという「急ぐ必要のない動作」を挟み込む不可解さ。AHAガイドライン2005のHealthcare ProviderコースDVDの冒頭でも、ポケットマスクを取りだして組み立ててから呼気吹き込んでますが、あの時間がもったいないとは皆さん思いませんでした?(ストップウォッチで計ってみましたが、呼吸がないのを確認してから胸骨圧迫開始までには、なんと30秒もかかっていました。)

そんな疑問にスパッと答えてくれるのが、ERCガイドライン2005だったりします。ヨーロッパ版ではInitial rescue breathsと呼ばれる最初の2回の呼気吹き込みをバサッと切り捨てています。その説明がこちら。

Initial rescue breaths
During the first few min after non-asphyxial cardiac arrest the blood oxygen content remains high, and myocardial and cerebral oxygen delivery is limited more by the diminished cardiac output than a lack of oxygen in the lungs.Ventilation is,therefore, initially less important than chest compression.

It is well recognised that skill acquisition and retention is aided by simplication of the BLS sequence of actions. It is also recognized that rescuers are frequently unwilling to carry out mouth-to-mouth ventilation for a variety of reasons, including fear of infection and distaste for the procedure.For these reasons,and to empha-sise the priority of chest compressions, it is recommended that in adults CPR should start with chest compression rather than initial ventilation.

(European Resuscitation Council Guidelines for Resuscitation 2005より)


きわめて明解です。

AHAがなぜ最初の呼気吹き込みを残したのか、その説明はAHAガイドラインを見ても載ってません。(私の知るかぎり、、、、誰か見つけた人がいたら教えてください)

いずれにしてもCoSTR/ガイドライン2005の基本精神を汲むのであれば、最初の2回の呼気吹き込みは不要だと私は考えています。そこで私が勤務する病院のCPR+AEDのトレーニング・プログラム(私が原案作成しました)では、ヨーロッパ版に習って省略しちゃいました。AHA版ガイドラインでも心理的抵抗があるなら、呼気吹き込みは省略してもいいとははっきり書いてあります。だったら最初からなくしちゃった方がいいのにと思うんですけどね。



で、スイマセン、話はちょっと脱線しましたが、日本旅行医学会の中で、なんと驚くことに日本ではきわめてマイナーなERC版ガイドライン2005に関する講演があったんです。しかも演者はERCの主要メンバーでILCOR会議の副議長も務めているというビックな方。

日本ではこれまで聞くことができなかったヨーロッパ蘇生協議会の立場として、ガイドライン2005の解説を聞くことができました。

ここでようやくAHA版とERC版の差異の理由というか、コンセプトの違っているんだということがわかりました。

結論からいうと、ヨーロッパ版では突然の心停止や不慮の事故への「予防」という観点が強く盛り込まれていて、AHAはどちらかというと「治療」という観点に重きを置いている、そんな特色の違いがあるのだそうです。

だから、市民救助者を強く意識したヨーロッパ版では、心理的抵抗を減らすために最初の2回の呼気吹き込みや、難しいとされる頸動脈触知を省略した。でもAHA版は医療従事者の存在を強く意識しているために、それらを残した、ということらしいです。

講演後の質疑応答では、やはりそんなところも質問にでて、ガイドライン2010では、AHAとERCの差異は縮まるのかという質問に対しては「それぞれの立場があるので非常に難しい」というのがその答えでした。。

ここから先は私の勝手な考えですが、AHAもERCもそれぞれBLSとACLSの教育プログラムを作っていて、特にAHAなどは日本も含め世界中で教育普及活動を展開しています。何万人もいる普及員(インストラクター)のことを考えると、コース内容を大きく変えるというのは段階的にやっていかないと大変なんでしょうね。

特にアメリカのAHAではBLSインストラクターの多くは特に医学的なバックグラウンドがない民間人ですから、コース内容の切り替えを浸透させるのが難しいのかも。そういった理由で、エビデンス的に問題がないレベルで旧来のやり方を踏襲しているというのが現状なのかもしれません。

◆ 2008年度から開催されるERC公式コース

2008年から日本にもヨーロッパ蘇生協議会(ERC)のBLS教育プログラムが導入されることになりそうです。現在、日本旅行医学会が準備を進めている段階です。

すでにアメリカ心臓協会AHAのハートセイバーコースやヘルスケアプロバイダーコースが浸透している日本に、なぜ今ERCのコースを導入するのか?

当然の疑問ですが、これに対して日本旅行医学会の説明では、添乗員など旅行に関わるスタッフには、突然の心停止について「予防」の段階から教えるERCの"immediate life support"コースの方がより有益と考えた、とのことです。

現実問題として、旅行添乗員やフライトアテンダントなど非医療従事者が、既存のAHAコースに参加するのが難しかったという現状もあったでしょうし、学会として独自に養成コースを持ちたかったという面もあるんでしょうね。

いずれにしてもAHAがほぼすべてと思われがちな日本に、ヨーロッパ蘇生協議会(ERC)という世界の二大勢力のもうひとつが入って来るというのは非常に興味深いと思っています。日本の蘇生教育普及面でも大きなイベントなのか、会場には日本蘇生協議会の会長の姿がありましたし、私の見間違いでなければ日本ACLS協会の重鎮の姿も....

2008年のERCコース導入、楽しみです。
posted by Metzenbaum at 12:49 | Comment(10) | TrackBack(0) | 救急蘇生 (BLS、ACLS)
この記事へのコメント
私も2008年のERCコースをぜひ受講したいです。詳しい情報が入ったら教えてください。
Posted by なお at 2007年04月22日 18:39
米国で実際に息吹き込むか相当疑問
ただね 文章としては残しているし呼吸重視はいろいろかけない問題はらんでいるの
(ってメツッエンさんはInstだから聞いたと思うけど)
Posted by hidemd at 2007年04月23日 01:12
 毎度の事ながら,貴重な情報をありがとうございます.コース開始が待ち遠しいですね.

 講習は団体,インストラクターによっていろいろな違いがあります.違う講習を受ける事も重要な勉強になりますので,コースが開催されるときは受講したいと思います.
Posted by mimimi at 2007年04月23日 06:36
なおさん、mimimiさん
ERCのコースですが、おそらく当座はインストラクター数が少ないために日本旅行医学会の会員以外の受講は難しいのではないかと思います。うまく行けば公募制にもなるのかもしれませんが。将来的に、日本力尾医学会が導入したERCコースが一般的に普及していくのかどうか―。未知数ですが、楽しみですよね。

hidemdさん、毎度貴重な情報をありがとうございます。やっぱり色々裏事情があるんですね。この件は上の人にも色々尋ねているのですが、推測以外の答えは返ってこなくて正直よく分かりません。なにせ私が下っ端なもので、いろいろ知らされていないことも多いのかなぁなんて思いました。
Posted by 管理人 at 2007年04月28日 00:13
関東地域での院外心停止に関する分析だと、バイスタンダーによる蘇生術では心マだけの方が吹き込みを伴う心マより予後がよかったとのこと(Lancet 2007; 369;920-26)。10秒ルールが徹底できない市民向けはもう人工呼吸の指導止めちゃうというのはアリなのかもしれません。
Posted by santa at 2007年04月28日 11:39
santaさん、こんにちは。
もうちょっと勉強してから、ここでも取り上げようと思っていたのですが、このまえ発表されたLancetの報告はガイドライン2010にも影響を与えそうな感じですね。

実はERCの講演後の質疑応答でも会場からこの件が質問として出まして、講演者も「あくまでも個人的見解だけど」という断りの上で、ガイドライン2010では市民向けには人工呼吸を教えなくなる方向性に固まるだろうと言ってましたよ。
Posted by 管理人 at 2007年04月28日 12:28
はじめまして、講座を受講しているより、よく分かります。ありがとうございます。
最初の呼気を2回はキューマスクがなかったら省いてもよい。呼気を入れなくても良いのなら、最初から無しにした方がいいのに・・といつも感じていました。指導するとき中学生から、そんなら最初からやめるわけにはいかんの?と聞かれても、納得させる説明が出来な買ったのです。
教えられたことしか分かっていない者の弱みで、何も反論できなかったのですが、
ここで学んで、理解できました。ありがとうございました。
Posted by 宇宙人 at 2007年04月29日 02:50
宇宙人さん、はじめまして。CPRの指導をされているんですね。やっぱり呼気吹き込みについては受講生からの疑問も上がってくるんですね。この点、私自身質問されたら困ってしまうと思います。「ガイドラインもそうなっているから、私たちはそれに従ってしか教えられないんです。実際に現場で省略するのは自分の判断で構わないけど、今日の練習ではマニュアルに沿って標準のやり方でやっていきますね」と大人の事情を臭わせつつお茶を濁すのが関の山でしょうか?

もしある程度自由度がある講習なら、ヨーロッパのガイドラインでは最初の2回の呼気を入れなくて良いんだよ、みたいな話をすると多少は理解してくれるかもしれませんね。

いずれにしてもガイドラインは共通のコンセンサスということで、それに従っていれば間違いない、なにかあっても免責されるという武器にもなりますので、要はガイドライン(強制力はないです)をどう活用していくかという視点で考えると判断しやすいかも知れません。
Posted by 管理人 at 2007年04月29日 14:26
よかったです。「今日はガイドラインに沿って勉強しましょうね。でも現場で対応する時は、キューマスクないからどうしようなどと躊躇する時間がもったいないくらい、すぐに胸骨圧迫をすることが効果が高まるのです。」と説明しながら、心の中で、つい昨年までののあの手順はなんだったの?などと手法の違いに戸惑いも感じながら、やっておりました。
ここで学び、ああこれでよかったのだ〜と安心する事も多く、ありがたいです。

Posted by 宇宙人 at 2007年04月29日 17:46
宇宙人さん、市民向けには人工呼吸は最初から教えないという指導方法は日本ではけっこう確立していてJ-PULSE(http://j-pulse.umin.jp/)という公的団体では、人工呼吸なしのCPR普及を進めています。上記ウェブサイトでは動画なども見れますので、参考にされてはどうでしょう?

ちなみに私の病院の事務員さん向けのAED講習では、これに習って心マしか教えてないんですよ。水泳の指導員なんか向けにはちょっと無理がありますが、突然の心停止を想定した市民向け講習では現時点で、これも充分アリだと思ってます。
Posted by 管理人 at 2007年05月01日 00:50
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