2006年08月10日

変わる心肺蘇生〜日本版ガイドライン2005『救急蘇生法の指針』改定

唐突ですが、去年から今年にかけて、心肺蘇生法が大きく変わったことをご存じですか?

心肺蘇生法 ― 最近ではBLS(Basic Life Support:一次救命処置)と言われることが多くなっていますが、いわゆる人工呼吸と心臓マッサージ(+除細動)のことです。

心臓マッサージと人工呼吸、これまで何度かトレーニングを受けたことがあると思いますが、心マと息吹き込みは何対何の割合で繰り返すって教わりました?

15 : 2 ?


だとしたら、もうそれは時代遅れです。今は最新のエビデンスに基づいて、 30 : 2 に変更されました。


心臓マッサージを開始するために確認することは?

脈拍の有無?

循環サイン(息・咳・体動)の有無?


実はこれらも改定されて、すっかり過去のモノになってしまいました。新しい心肺蘇生法では脈を取ったり、循環サインを確認することは一切しません

それじゃ、心臓が停まっていることをどうやって確認するの? と思ってしまいますよね。実は新しい蘇生ガイドラインでは、「正常な呼吸をしていない = 生命徴候なし」と判断して、人工呼吸と心臓マッサージは基本的にワンセットで行なうことになったんですね。

ね、ずいぶん大きな違いでしょ。

(このあたりの話は、実は国際ガイドラインでも、アメリカ発表のものとヨーロッパ発表のもので内容が若干異なっています。詳しくは近日加筆予定)

心肺蘇生の国際ガイドライン

これまで教えられていた心肺蘇生法は、通称「ガイドライン2000」と呼ばれる救急蘇生に関する国際基準に基づいて教えられていました。ちょっと話は横道に逸れますが、実は、昨今話題のAEDが日本で急速に普及したのは、このガイドライン2000の強い影響力のせいだったんですよ。

かつて除細動は完全な医療行為で、医師以外には認められていませんでした。しかし、ガイドライン2000の勧告で、除細動は救急現場に居合わせた市民(バイスタンダー by stander)によって行なわれるべき、と強く言われ、日本も慌てて法整備、AEDが解禁されたという流れがありました。

これまでは、二次救命処置(ACLS)の範疇だった除細動が、市民レベルの一次救命処置(BLS)レベルに格下げされたという点でもガイドライン2000は画期的なものでした。

さて、そんな国際ガイドラインが5年ぶりに改定されたのが、2005年11月。
この新しい国際基準は「ガイドライン2005」と呼ばれています。英語論文で発表されたガイドライン2005を翻訳して日本の風土に合わせてアレンジした 『救急蘇生法の指針 改定3版』 が出版されたのが2006年7月。

これを持って、日本もようやくガイドライン2005に対応して動き出した、というところです。そんな過渡期にある今日この頃。業界では結構話題になっているのですが、どこかで耳にしたことがあるでしょうか?

エキスパートナース8月号今年に入ってから、看護雑誌でもしょっちゅう特集記事が組まれていますし、いま書店に並んでいる エキスパートナース Expert Nurese 誌8月号 の特集記事も、ズバリ「すぐ動ける! 心肺蘇生法の手順」だったりもします。

さて、この話を聞いて、皆さんはどう感じられたでしょうか?

オペ室では麻酔科医もいるし、まぁ、関係ないね。
or
これはイカン、勉強しなくちゃ。

私としては、これは医療界の大事件だと思っています。
これを機に、すべての医療従事者に心肺蘇生に興味を持ってもらいたいなぁというのが私の正直な思いだったりします。

看護師なら確実にマスターしておきたい技術 ― CPR

まあ、これは看護師としての私のポリシーみたいなものなんですが、例えば道端で倒れている人がいた場合、看護師なのに何もできないなんて恥ずかしいと思いませんか?

手術室や病棟での業務・仕事を覚えるというのは、単に職業上の事柄ですが、医療職という立場に身を置いている以上、仕事とは関係なしに絶対にできなくちゃいけないことというのがあると思うんですね。

心肺蘇生なんてまさにそれです。実際のところ、救急部門やICUあたりに勤務していないと日常的にCPRを施行するなんてことはないかもしれません。病棟によっては何年いてもまったく未経験ということも珍しくありません。(オペ室もそうですけど)

自信がない、それは正直な気持ちかもしれません。

でも、プライベートのとき院外で急変者に遭遇した場合、一般市民からみた看護師は、立派な医療の専門家です。プロです。所属部署だの専門だのは関係ありません。そのプロがCPR一度もやったことないから、と一般市民の前で後込みするのはどうかなと思うのです。

実際、私も生体でCPRはやったことありません。自信もはっきり言ってないです。でもプライドとして、それが許せない。だからこそ心肺蘇生に関心を持ち、定期的にCPRを練習する機会を作るようにしています。本当は、看護師養成課程時にみっちり仕込んで、入職時はもちろん、働きだしてからも義務として1-2年おきにトレーニングをするべきなんですよね。(実際、アメリカなどでは医療者はもちろん、ガードマンやスポーツインストラクターなども、2年間有効のCPR訓練を受けた公的証明書がないと職務を続けられないそうです。)

自信がないから、自信を持てるように徹底的に練習する、それがいまの私のスタンスです。

高まっている市民意識 ― そのとき医療者は?

AEDが市民に解禁されたのが2004年7月のことでした。これまで医療者にしか許されていなかった除細動という高度な医療行為が市民に認可されたとあって、一般市民の救命意識の高まりは目を見張るものがあります。市中でファーストエイドを教えるインストラクターの多くは非医療従事者です。「救命の連鎖」という言葉がありますが、人命救助に最も重要なのは医者や病院ではなく、現場にいる市民であるということが、これまでになく強調され、市民がそれに答えている時代です。

「素人が下手に手を出すな!」と言われた時代ではなくなりました。そんな市民意識が高まっているなか、医療従事者の方はどうかというと、市民の勢いに負けちゃっていないかなと思うのです。あちこちの公共ホール、駅などに次々とAEDが設置されている最中、病院内ではどうでしょう? 各フロアに一つAED、もしくは除細動器があるでしょうか?

もともとCPR技術は、定期的に訓練をしていないと、すぐに忘れるということは統計的にも言われています。そのため、最低限2年に一度はCPR訓練を受けるようにとは言われていますが、皆さんが最後に心肺蘇生法を練習したのはいつでしょう?

もう久しくやってないなと言う人は、いまがチャンスです。
日本でも心肺蘇生法が変わります。医療者向けのAHAやICLSコースでは、概ね新ガイドラインへの移行が終わったようですし、民間向けのBLSプログラムでも、メディックファーストエイド等の海外母体のものはだいたいガイドライン2005対応が始まっています。

消防や日本赤十字社など、日本版ガイドライン直轄の講習は、現在カリキュラムを整備中。来年4月からの新対応になるみたいです。国内全部の完全な移行にはもうちょっと時間がかかりますが、新しい蘇生法教育にシフトしていくのは間違いありません。これを機に、ぜひ再度CPR訓練を受けてほしいんです。

そして、なぜ心臓マッサージと人工呼吸が 15:2 から 30:2 に変更する必要があったのか? AEDのプロトコルも変わるけど、それはなぜか? 医療者であれば、ガイドライン改定の裏にある医学的根拠・理由についても関心を持って見ていてほしい―。


ところで、なんで私、こんな熱弁しているんでしょうね?(笑)
書いていて、いまふと我に返ってしまったのですが、とにかく今年は救急医療の大きな節目の年であるという点、ぜひ皆さん覚えておいてください。

本稿を見て、少しでもガイドライン2005に興味を持つ人がいてくれたら嬉しいです。そんな方はぜひ、本屋に並んでいるエキスパートナース誌8月号を手に取ってみてくださいね。

ちなみに国際ガイドライン2005と、日本の国内版ガイドライン2005は、微妙なところでちょっと違っていたりもします。国際ガイドラインの日本語訳はまだ出版されていませんが、興味がある方は、Onlineで原著論文を読めますので、見比べてみるのもおもしろいかもしれません。リンクしたのはガイドライン2005の第4章 "Adult basic life support"の部分で、800kB程度のPDFファイルです。

もし、このあたりの話に興味がある方いましたら、リクエストをいただければ、このブログでもう少し掘り下げて書いてみてもいいかなとも思っています。
posted by Metzenbaum at 00:16 | Comment(2) | TrackBack(0) | 救急蘇生 (BLS、ACLS)
この記事へのコメント
こんばんわ
私はここ1年位前から麻酔科医師の薦めもあり、ICLSコース(ACLS基礎コース)に参加しています。
救命士や医師、臨床工学士、看護師など多職種で行っていますが、かなり有意義なコースです。最近では本格的にACLSの事を学ぼうと思っています。
8月からほとんどのコースでG2005対応となっています。実際私も参加してみて思ったのが、非常に行動がシンプルになり、覚えやすい。無駄な時間を削除してその分心臓マッサージを行う必要性を感じました。

私は管理人さんの考えと同じです。例えば街中で意識不明で倒れている人がいたらどうするか…医療従事者の私たちが行動出来ず躊躇してたら市民の信頼もガタ落ちでしょう。倒れた人は、生命が無事の植物状態じゃなく、ちゃんと社会復帰できるでしょうか。だからこそちゃんとACLS、BLSが普及してほしいですね。
Posted by ぶっこ at 2006年08月10日 22:05
ぶっこさん、ICLSに参加ということは、インストラクションのお手伝いをされてるんですか? 私はたまにAHAのアシスタントに行ってるんですが、バラバラの職種の人たちが集まるっておもしろいですよね

内容はもちろん、そうしたコミュニケーションの場としても、おもしろいと思っています。

> 医療従事者の私たちが行動出来ず躊躇してたら市民の信頼もガタ落ちでしょう。

私は看護師になる前は、看護婦さんというと医療のエキスパートで、誰もが救命スキルを持っているものだとばかり思っていました。でもいざ看護学校に入ってみると、CPR技術は授業のヒトコマで教わるだけで、実技となると「体験しました」程度。レベル的には自動車教習所並、もしくはそれ以下というのには非常に驚きました。

でも世間の人は、看護婦というだけで、そういう期待を寄せているんですよね。なにも看護婦だからといって特別なことができるわけではありませんし、世間の期待が過剰というのも事実かもしれませんが、せめて素人さんができるレベルのことは、医療者であればきっちり確実にできないと、と思うんです。医学というよりは、ファーストエイド、応急手当の範疇です。

街中で急変遭遇したとき、「看護師です」と身分を明かして援助できるようでありたい、私はそう思っています。
Posted by 管理人 at 2006年08月14日 01:24
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