新人ORナースの皆さんも、職場に入って2週間ほど。そろそろいろいろなオペの器械出しなんかも経験してきてる頃だと思います。うちのオペ室では、新人はまず外科と婦人科の直接介助(直介)から入っていって、手術の基本を学ぶというのがお決まりになっています。
さて、そんな直接介助をはじめたばかりの新人オペ室ナースにはホットな話題かもしれない、糸と針の話を書いてみたいと思います。
手術の縫合糸いろいろ
手術には糸は付き物です。用途や使用部位、また診療科によって様々な種類の糸を使い分けているのに驚かれたかもしれません。バイクリル、モノクリル、プローリン、サージプロ、PDS、ダーマロン、ニューロロン、サージロン、ポリソーブ、プロノバ、エチボンド、タイクロン、デキソン、ブレードシルクなどなど、、、
うちの手術室で扱っている糸だけでも、いったい何種類あるんだろう? それくらいに手術に使う糸の世界は複雑です。
糸を作る会社の人たちも、あの手この手でいろいろな特色の糸を開発・販売しているわけですが、基本に限ってしまえば実は話はかなりシンプルです。
先に挙げたように糸の製品名はたくさんありますが、それらの糸は大別すると溶ける糸か、溶けない糸かに分けられます。専門用語でいうと吸収糸か非吸収糸かの違い。
体の中に残ってしまうような使い方をする場合、例えば腹膜を縫ったりする場合は、吸収糸=溶ける糸を使う場合が多いです。反対にアキレス腱断裂などの腱縫合の場合は、がっちり縫いつけたいわけですから溶けない糸=非吸収糸を使ったりします。
(注:あくまで"例"ですよ。Dr.の考え方の違いや趣味によっては腹膜を縫うのに非吸収糸を使う場合もあるかもしれません)
糸を理解する上でもうひとつ重要なポイントは、その糸が編み糸か、繊維一本でできたモノフィラメント糸かという点です。編み糸というのは、字の通り。細かい繊維をよって作った糸のこと。例が大げさですけど、綱引きで使う大綱(ワラを編んで作ったヤツ)をイメージしてみてください。"より糸"って意味が分かりますでしょうか?
一方、モノフィラメント糸というのはちょっとわかりにくいかもしれませんが、ようは釣り糸のようなツルッとした感じの一本糸のこと。ナイロン糸なんて、ほとんど釣りのテグスみたいなモンですよね。手にとって触ってみればツルッとした感触ですぐにわかります。
(ちなみにフィラメント filament とは英語で繊維一本のことを指します。豆電球の発光部分の細い針金をフィラメントというのと同じです。それで、モノ mono というのはギリシャ語由来で、"単一性の"という意味の接頭語。ついでながら編み糸のことをマルチフィラメントと表現する場合もあります。マルチ multi 「多くの」という意味。これ以上解説は要らないですね)
編み糸の特徴は、しなやかで結びやすいという点。結び目もしっかりと締まり、緩むことがありません。ですからしっかりと固定したい場面では編んだタイプの糸が選択されます。
対してモノフィラメント糸は釣り糸みたいなものですから、結びにくいし結び目も緩みやすい。それじゃ、いいところ無いじゃん! という感じですが、編み糸に優れる点は感染源になりにくいという点。編み糸というのは繊維のなかに血液やら体液やらが染みこみますので、体の中で炎症や細菌繁殖の温床となる可能性があります。そのため、皮膚や腸管の内壁など、不潔なエリアと接する部分の縫合に編み糸が使われることはあまりありません。
だいたい閉創のときって、創の奥の方をバイクリルやポリソーブなど吸収性の編み糸で縫って、最後の皮膚縫いはナイロン糸やプローリン等のモノフィラメント非吸収糸を使う場合が多いですけど、以上お話ししたような糸の特性からそういう選択がされているわけなんですね。
確認のためもう一度。
◆創の中縫いをするときは抜糸できないので溶ける糸を使って、がっちりと縫い合わせたいからしっかり縛れる編み糸の吸収糸(バイクリル、ポリソーブ等)を使用。
◆皮膚縫いは抜糸をするのでコストが高い溶ける糸を使う必要なし。それに外界と接するため感染のリスクを避けるためにモノフィラメント糸を使用(=ナイロン糸、プローリン等)
◆腸管の内壁を縫うときは、抜糸できないから溶ける糸を使い、感染リスクを押えるためにモノフィラメントタイプを使用(=バイオシン、モノクリル等)
医者は何気ないように「バイクリル2-0ちょうだい」なんて言いますけど、言い換えれば「2-0の編み糸吸収糸をちょうだい」と言っているわけです。反対に「モノフィラメントの吸収糸、なにが置いてある?」なんて聞かれたら、答えられますか? 4月に異動になってきた医師が多いと、そんなやりとりもあるかもしれませんね。
手術の場面場面で、ここではサージロンを使うなどと、マニュアルを丸暗記をするのではなく、なぜそこでその糸を使うのか、理由を考えてみる癖を付けてみてください。そうすると手術の意味が分かってきますし、単なる丸暗記よりは術式と流れがすんなりと頭に残るようになりますので。
ほんとは縫合針の話もしようと思ったのですが、ちょっと長くなってしまったのでまた次回にさせてください。
あと、糸と針のパッケージに書かれているデータの「解読方法」や、糸の太さを著わす単位についても解説しようと思ったのですが、それもまたの機会に。本日はおしまい!
[余談ですが、、、包茎手術に使う糸]脱線話になりますが、よく男性向け雑誌の広告などに包茎手術専門クリニックの広告が載っています。それらの宣伝をマジマジと見てみると、「他と違って特殊な糸を使っているので抜糸も不要!」など、なにやらスゴイ糸を使っているような感じのことが書かれていたりしますが、実際のところ手術用の糸を作っている会社というのは世界的に見ても非常に限られているため、そう「特殊な糸」というのは考えにくいんです。結局のところありふれたPDSやバイクリルなりを使ってると思うんですけどね。うちで行なう包茎手術の場合、泌尿器科は3-0バイクリル、形成外科では4-0バイクリルだったかな。いずれも針付きの糸を使ってます。たぶん包茎専門クリニックも大差ないはず。誇大広告に騙されないように、と男性諸氏に教えてあげたい(^^) |
私なりに説明をしたつもりでしたが、本当に参考になりますね!
このブログをパソコン持ってる子に教えます!
皮膚をナイロンで縫うときにナイロンがつるつる逃げていつもナイロンに遊ばれている気がします・・・・
やっぱりレスポンスがあるとうれしいもんですね。モチベーションをどうもありがとう!
吸収糸と非吸収糸の適応は何となく感じていましたが、
ブレードとモノフィラメントのメリット・デメリットは初めて知りました!
そう考えると、先生に言われる糸の予測もつきますね!
来週から外回りなので、頼まれる糸に今日学んだ理論を元に、注目してみます♪
あと、例えばモノフィラメントの非吸収糸には、緑ナイロン、黒ナイロン、プローリン、サージプロ、プロノバなどなどいろいろな種類があって、このあたりの選択はもうほとんどDr.の好みの問題です。滑り具合とか、伸び具合などが微妙に違って、Dr.の経験から使い分けをするようです。例えばナイロン糸よりは、プローリンの方が糸の伸びがいいので結ぶときはちょっときつめに縛っても大丈夫とか、細かい違いがあるみたいですよ。
吸収糸の中でも網糸と一本糸、非吸収糸の中でも網糸と一本糸 があると思いますが、どんな名前の物があるのか お願いします
あくまでも一例ですけど、、、
吸収糸の編み糸=バイクリル、ポリソーブ
吸収糸の単繊維=モノクリル、PDS、マクソン
非吸収糸の編み糸=ニューロロン、サージロン
非吸収糸の単繊維=プローリン、ナイロン糸
などです。
糸の種類や特徴が分からず探していて,たどり着きました。分かりやすさNo.1でした。仕事や後輩に対する愛にあふれていて、私も勇気いっぱいになりました。ありがとうございます。
ところで一つ質問なんですが、うちで使ってる糸でサージローブと言う溶ける糸があって、調べてもなくてお教えいただけたらと思います。
私は先日、手術を受けた者です。
4年目のつきあいになる主治医に、この度左腕の尺骨の抜釘術をしていただきました。
両腕ともTFCC損傷及びDRUJ障害と診断され、今回が5回目の手術でした。
先生はどんな世界にいて、私にどんな事を施して下さったのかを知りたくて、検索したらこちらにたどり着きました。
聞けば教えて下さるのですが、なんとか自力で調べてみようと思った次第です。
あちこち拝見させていただきましたが、本当にわかりやすくて、先生方が手術中におっしゃっていたのはこのことか!とドキドキしています。
これからもいろいろと勉強させて
下さい。よろしくお願いいたします。
胸骨癒着に2〜3ヶ月かかると思われます。
どうかご教示願います。